そんなわけで
復活いたしました。
ブログ書けるって本当に幸せなことですわ。
ありがとう、ブログよ…
そんなわけで
お休みしている間
「ぜきこに何が起こったかシリーズ」です。
(何回か続きます、たぶん)
まずは!!
兄の手術の件のご報告です。
今までの経緯
2025年5月に病気確定
↓
手術を目指して加療スタート
↓
9月に「手術不可」の診断
家族と本人、諦めモードが漂う(ぜきこ平常モード)
↓
奇跡的に「患者会」に出会う
↓
ダメ元でセカンドオピニオン受診
↓
セカンドオピニオンでまさかの
「手術できるかもしれない可能性」が!
家族で大揉めに揉める
(ぜき、隣りの小林さんちの塀ブロックを蹴りまくる事件・笑)
↓
名古屋行き決定…のはずが
術前検査で肝臓に「怪しい影」発覚、急遽検査
↓
家族と本人、絶望感漂う(ぜきこ平常モード)
↓
一週間後、ぜきこの思いつきで
電話で問い合わせたら「良性」との返事。
今週末から入院できます、と言われ
慌てて準備
↓
2026年12月より、名古屋にて放射線治療のため
1ヶ月半入院
↓
2月、加療結果報告。
「かなり厳しい状況」とのこと。
手術できるか否か、開けてみないとわからないという判断。
↓
一時退院
手術に向け体調整える
↓
3月中旬、再入院
そして、3月23日
手術日を、迎えました。
手術中止する判断材料はふたつ。
所要時間は8時間を予定。
途中、続行や中止の連絡はないため
ただひたすら、母と二人
待機室で待つのみの時間でした。
3時間を過ぎたあたりで
おそらくこれは、手術続行しているなと判断。
この間も思考というのは
あれこれ言ってきます。
「手術という判断が本当に良かったのか」
「術中に何かが起きるんじゃないか」
「術後が大変なんじゃないか」
これは、私の頭の中だけではなく
隣にいる母からも
途中、上の兄や父や親戚から
状況確認の連絡が入り続ける
その中でも
ガンガン語られ続けるのです。
でも、目の前の現実は
いつでも連動していない。
繋がっていない。
繋がっているように
脳が錯覚を起こしているだけ。
一コマ、一コマは
独立して存在しているのです。
兄の病気のことで
私はめちゃくちゃ
これを突きつけられたし
ものっすごい、鍛錬を積みました。
なので
この時間は私にとっては
「あーーーー…思考が何か言ってるなぁ」
「エゴがまたいろんなデータを引っ張ってきてるなぁ」
という、観察の意識であり続けたので
心配とか不安とか
そういう気分になることは
一切、ありませんでした。
結局、7時間半が経過したとき
看護婦さんから
「手術がもう少しかかるので、ご飯を済ませてきてください」と
連絡が入り
それでまた、父などは
「時間がかかるのは良くないんじゃないか」と
わーわー騒いでいましたが
そうじゃないことを知っている(笑)。
という姿勢であり続けました。
結局手術は9時間半。
その後、私のみ別室で
病状と切り取った患部の説明を受けました。
(これもまたほとんど聞いてない)
・肝転移や腹膜播種が肉眼レベルではなかったこと
・眼に見える範囲での病巣は全て取り切ったこと
この、ふたつだけ確認できたら
私にとってもう、十分でした。
その後、ICUに移動した本人に面会した時
覚醒した直後で
ひたすら痛い、を繰り返していましたが
(そりゃそうだ)
意識ははっきりしており
「全部取れたよ」と伝えると
目を見開いて何度も
「本当に?」と繰り返し聞いていました。
兄本人も手術中止の可能性が高い、と
きっと思い込んでいたんだと思います。
この手術と術式は
とても特殊なものであり
やらない病院が圧倒的に多いのもまた、事実です。
その理由として
・患者本人の身体の負担がとても大きい
・病巣をとっても転移する可能性が高い
が、挙げられるようです。
とはいえ、なんですよ。
すべてが、とはいえ。
よい意味での「とはいえ」。
みんなにはもうおわかりであろう。
・どこの粒界隈にいるか
・どの粒集めをするか
これは全て、今の現実に即して行う必要はなく
それぞれの意識の中で行うもの、なのです。
今の現実、という結果は
ひとつの粒集めの結果に過ぎず
そこを起点として
新たな粒集めをする必要がない
ということを
私はこの一年で何度も実感、体感したのです。
「今」の結果がどうであれ
エビデンスがどうであれ
パーセンテージがどうであれ
生存率がどうあれ
そこと、これからの創造には
なんの関係もない。
術前に
合併症や術中の死亡率の話も聞いていて
そのパーセンテージが
決して低くないこともわかっていましたが
それすら、ただのデータなのです。
そこにフォーカスさえしなければ
粒は集まらない。
現実化しないのです。
私はどんな時も「大丈夫」しか見ていません。
兄は、2日後には歩き始め
水分を摂り
3日後には、ご飯を食べ始めました。
術後に一番懸念されていた
膵液漏も起こらず。
まだドレーンが入っていて
いろいろぶら下げてますが
早く家に帰りたいからと
せっせと、自主的に院内を歩いています。
それでも
まだ痛みが強いこともあって(当たり前だ)
弱気になったり
勝手に脳が作り出す因果に
引っ張られて気落ちしたりしていますが
私は兄の意識を
中心点に戻す係みたいなものなので
兄の話の聞き役として
因果をその都度、丁寧に破壊しています(笑)。
そのために名古屋に行ってるようなものです。
兄は、先生もびっくりするくらい
順調に回復していて
血液検査も体液も問題なし。
今週からリハビリで、自転車乗るらしいです(爆)
今日でまだ術後6日目ですが(笑)。
早すぎですね。でもありがたい。
私のように
家族や近しい人が大きな病を抱えている時
たとえ、ひとつうまくいったとて
この先がどうなるかとか
これからどうするかとか
そういう「未来」と呼ばれるものに意識が向いた時
また、不安や恐怖が
襲ってくることがあると思います。
でも、それは全て
「エゴの幻想」だということを
どうか、覚えていてください。
先はどうあれ
今、目の前で
兄は生きている。
目の前で肉体を持って存在している。
それ以上でもそれ以下でもない。
そしてどんな時からも
どんな状況からも
粒集めは可能。
しばらくはちょくちょく名古屋に行く生活です。
また、兄の進捗はお伝えします。
母、初の熱田神宮へ⛩️気持ちよかった✨
