おはようございます♫
昨日のこちらのブログですが
昭和世代ど真ん中の方に
ぜひとも!読んでほしい。
なぜなら私がそうだったからです。
昭和世代は
生きづらさを覚えていて当たり前。
(そういう背景が影響している)
なんですが
だからといって
その生きづらさのまま
生きるかどうかは
自分次第。
その最たるものであり
そして最も根深く!しつこく!
こだわり続ける人がとても多いものが
母親問題です。
問題ではないんだけど、敢えてこういう言葉にしますね。
以前やっていた
個人セッションでも
こじらせまくってる人が本当に多かったテーマです。
「お母さんに愛されなかった、だから私はうまくいかないんだ」
「私がこうなのは母親のせい」
という設定。
「母親とは」の設定が
めちゃくちゃ重たいし、ハードなんですね。
私自身、母親との関係には長年苦しんだし
苦しみ過ぎてクリスチャンになったけど
結局、許すところまでは到底いけず
また、苦しむということを若い頃やってました。
10代の頃の話です。
でもこれ、
許すとか許さないとか
そういう次元の話ではなかったし
愛されてる、愛されてないという
次元の話でも、ないんです。
私の話になります。
私の母は私に対しては
幼少期からあまりにも当たりが強くて
とてもとても厳しくて
(という風に感じていた)
兄たちとは扱いが全然違うので
「私って母の思い描く理想の娘と、ものすごくかけ離れているんだろうなぁ」と思っていました。
それは、私にとってはとても悲しいことだった。
「私そのままを認めてはくれていないんだ」と思っていました。
だからと言って
母のいいなりには絶対になりたくない私がいたので
とことん反抗したし
とことん抵抗しました。
お見合いを仕組まれたことに気づいて、
前日に逃亡したこともある(笑)。
大人になるにつれて
いろいろな母の背景も知ることになり
子供の頃のような反発はなくなりましたが
それでも、事あるごとに
母のせいにしたくなる私がいました。
でももういい加減
母への恨みを根底に抱えたまま
生きていくのは嫌だったので
思い切って、母に「私を愛してるか」
聞いてみたんです。
42歳の時です。
その時、母の私への深い思いがわかって
号泣して
そしてとても安心しました。
でも。
でも、ですよ。
(大事なのはここです!)
別に生きづらさが
なくなったわけではなかったんです。
あれ?と思った。
あれ、なんでだろ?と思った。
そして
「母親に愛されていた」と
わかったからといって
私の中は何も変わらないんだ、と気づいて
衝撃を受けました。
だってそれは
私の領域外のことだったから。
私の生きづらさは母親のせいじゃない。
私自身のせいだ、と気づけたんです。
ひとつ断っておくと
実際に母に愛されていたんだ、と確認したことは
とてもよかったと今でも思っています。
そこから劇的に親子仲が良くなったし
今でもものすごく仲良しです。
↑
だけどこれは誰にでも当てはまることじゃないので
行動だけ真似しないようにしてほしい!
私が「母親とは?」の設定変更をしたのは
この出来事のずっと後のことです。
ちなみにこの経験から
8年くらい前に
「母親問題から解放されるセミナー」を
一度やったんですが
びっくりするほど申し込みが来ませんでした(笑)。
「え、みんなお母さんと仲直りしたいんじゃないの?」と思ってビビったんですが、どうも違うらしい。
みんな「お母さんのせいにしておきたい」んです。
「お母さんのせいにしておけば見なくて済む」なんですよ!
「お母さんのせいにしておけばやらなくて済む」し
「お母さんのせいにしておけば動かなくていい」し
「お母さんのせいにしておけば言い訳ができる」
つまりは「私のせいじゃない」ゲームなんです。
「母親問題」
これは本当に人生こじらせまくる要因のひとつです。
根本的にも、心理的にも
母親を否定していたり
母親を認められないと
人生がものすごくややこしくなる、というのも真実です。
先ほど書いたこちらですが
↓
でもこれ、
許すとか許さないとか
そういう次元の話ではなかったし
愛されてる、愛されてないという
次元の話でも、ないんです。
母親に「されたこと」を許すんじゃないんです。
母親そのものの存在を許すんです。
物理的な事実として
母親は「この世に私を生み出してくれた人」。
愛されていようがいなかろうが関係なく
母親はただひとり、私をこの世に産んでくれた人。
ただ認める、とはそういうことです。
ただそれだけでいいんです。
私も自分の母に対して「こうなりたくない」はいっぱい持ってますよ!
こんな母親絶対に嫌だ、とかね(笑)。
でも、それだって「母親が私をこの世に産んでくれた」から故のこと。
母と私、という存在があり
対比があるからこそ
感じられること。
私、という肉がこの世に生まれていなかったら
絶対に感じることができないことです。
母親が嫌いでもいい。
嫌いなままでいい。
好きになれなくても全然関係ない。
そこに自分の好き嫌いは入れ込む必要はないんです。
「母親=私を産んだ人」
ここに思いは一切不要。
ぜひ、母親問題から解放されてくださいね。
(今セミナーやったらいっぱい人が来るかも!爆)←エゴ❤️
今日もありがとうございました♫
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