私と夫が大好きなお酒
それが夫を苦しめることになってしまいました
アルコール依存症です
夫自身、病気を理解したくて、たくさん本買い
病気を理解して欲しいと私に本を渡し
私も理解したくて本を読んだり映画を見て学びました
『精神病は心の病気じゃない、脳の病気』
そう病気のことを知ることはできても
病気の辛さを100%は理解できませんでした
それどころか
その家族の大変さ、私の辛さは誰が分かってくれるの?と
私自身、何処にもぶつけられない気持ちから
夫に酷いことを言ってしまう事も多々ありました
ひどい妻です
今なら
私が発する言葉が少し違えばきっと結果も違っていた
そう思うから、とっても後悔しています。
その中でネイルの練習や勉強をしている時間は
夫の病気から解放され好きなことに没頭できる時間
当時から私はネイルに救われていました
そんなある日、お父さんが大好きなはずの娘が
【お父さん怖い】と言ったのです
体調がいい時は子どもと楽しく遊んでくれてたから
病気が悪化したとき、目の色が変わり行動がおかしくなるお父さんが怖かったんだと思います
私は私で、なかなか理解されない病気だとわかっていたから誰に相談できず1人声を殺して泣いたり、感情的になり喧嘩をしたり、、ハラハラしたり安心したり、感情の上がり下がりが激しい毎日で正直、心が壊れそうでした
私も限界、子供も怖がり
私までおかしくなってしまったら子どもを守ることもできないと思い始め
自分と子どもを守るため夫がいない時間を見計らい
最小限の荷物を持って家を出ることを決め決行してしまうのでした
振り返ってみると、波瀾万丈な人生
この頃は苦しくて、つらくて、自分が情けなくて、
全て私が悪いんだとさえ思っていました
自分がいるから周りが不幸になるんだと悲観的になっていました
夫の病気でさえ私がいるからと私さえいなくなればという気持ちと
でも子どもたちは自分が守らないとという思いと
色んな思いで心はぐちゃぐちゃでした
今改めて考えたら、、
私は悲しみのど真ん中で右も左もわからない状態
とにかく今から、この場から逃げ出したい!
この一心だったんだと思います。
当時の私を考えたら
家を出るって本当にすごい勇気
それだけ自分で自分を追い込んでしまっていたのかな
当時の私に教えてあげたい
そんなに自分を苦しめなくていいんだよって
誰が悪いわけではない。
ちょっとした捉え方の違いで
幸せの変換ができるよって
こうやって伝えたら伝わるからって
まだまだ続く中島ともこという人のストーリー
また明日アップしますね
フレスカメソッド
