自由に育った私のその後、
ここから私の人生はよきも悪きも大きく変わっていきます
〜中島ともこのストーリー第二章〜
自由に育った私は18歳で妊娠
職人気質、曲がった事が嫌いな父が許すはずもなく
私は実家に居場所がなくなり当時彼氏だった夫の家へ転がり込みました
頑固な血を受け継いだ私もまた頑固だったので
『許してもらえないのなら籍はいれない』と
変なプライドが邪魔をし
出産するまで頑なに籍を入れませんでした
認められたい!納得できるまでは!という
この頑固さ、ネバリ強さは父譲り
時に苦しくなりますが自分の納得がいくまで
頑張る事ができているのは父のお陰なのかな?笑笑
実はね。。
と、言うか、当たり前だと思うんですが
正直子供を産みたかったのは私一人 だったんです
当時夫は子供嫌いで自分に子どもいるなんて想像できないから、結婚しないと言われてしまったんです
でも私の中に子供を中絶する選択がなくて
『一人でも産む』と決めてしまったんですね、、
頑固な私が 笑
一人で産むと決めたのに実家に居場所がなくなり
お腹に子どもがいる状態で働くこともできず
結局は私のわがままで夫の家にお世話になることになり、夫にも夫の家族にも迷惑をかけてしまうことになりました。
義理の父と母は本当に申し訳ないくらい優しくしてくれました
ですが、甘え方を知らず育った私は何をどうしていいかわからず、何を話していいかもわからず、ただただ家にいさせてもらっている感じで、今思えば本当に可愛くない嫁だったと思います
↑
今の私が見たらの話ですね^ ^ 義父母には今でも変わらずとってもよくしていただいています。私にはもったいないくらい素敵な両親です
勘当された私は里帰りもできるはずがなく
当時、姉が住んでいたアパートで産後を過ごし
母が仕事終わりに寄ってくれるというスタイルで
子育てと、結婚生活がスタートしました。
同じ時期に結婚した兄夫婦は
両親にも周りにも祝福されていてとっても幸せそうで
私はすごく羨ましかったし、すごく嫉妬もしました
私自身が自分で選んだ道だけど
周りと自分を比べては私は◯◯してもらえない
なんで私だけ、、、失意のどん底で
私の心は完全に負の連鎖になっていました
当時19歳
こんなスタートをきった13年の結婚生活は
闇と光が入り混じるとても濃く大きな経験となりました
今思えばあの頃父が勘当してくれて
帰る家がなかったから義理のお父さん、お母さんに頼るしかなかったし、何があっても頑張れた
本当のところはわからないけれど
父の厳しさも私への愛だったと今は思えています
フレスカメソッド
