想像を創造していく27日目の記事です。
今度の10月で、
個人事業主的な働き方になって
まるっと5年がたちます。
今日は、私が
「10円単位で節約生活」から
「お金は出したら入ってくる」
になるまでの回顧録、です。
・
・
・
私、20代の頃は「節約」や
「得すること」が大好きでした。
10円単位で家計簿をつけていたし
ポイントを貯めるのも大好きだった。
スーパーでは必ず
半額コーナーに行ってたし
飲食店では「食べたいもの」より
「コスパがいいもの」を選んでいた。
(↑これは今でもまだやる)
子供の頃から母に
「定価で買うなんてもったいない」
と聞いていた影響もあったし、
(↑コンビニは無駄遣いという母説)
毎月決まった金額の収入だったし、
自分が貰いたいお給料よりも
低い金額で我慢していたから、
(当時は年収200万円代)
「いかに支出を抑えて
好きなことにお金を回すか」
を突き詰めていたのです。
ただ、節約した分は
全部使っていたけどね(笑
そんな私に用意された
最初の転機は28歳の頃。
ナポレオンヒルの成功哲学書、
「思考は現実化する」に出会い
「あ、私もお金持ちになれるんだ!」
と素直に思ったのです。
![]() | 思考は現実化する_アクション・マニュアルつき Amazon |
そして、ここから自己啓発にハマり
BOOKOFFで大量に本を買い
気になったところをノートに切り貼り。
(↑新刊は買えなかった)
年間数百冊は読んだかなと思います。
そんな当時の私が書いた目標が、コレ。

※一流企業で働く女子たちに
「え、そもそも目標値少なくない?」
と言われてから、出すのが恥ずかしかったコレ。
で、次の転機は翌年30歳。
紆余曲折あり300万が
手元から無くなり、
ローン返済の日々(笑)。
毎月11万返すことになり、
焦って転職した会社の年収は400万。
上にあげたメモからしたら
見事「思考は現実化した」のだけれど、
全然足りなくて、生活ギリギリで。
このままの自分を
どうにかしたいと
もがいていたのです。
そこで出会ったのが
コーチングや引き寄せの法則、
脳科学や心理学でした。
当時、私は苫米地英人氏の本を読み
自分の枠を広げるために
「年収3000万になるんだ」
と意識を変えた。
そして、清水の舞台から
飛び降りるがごとく
8万円のコーチングセミナーを受講。
そこから意識が変わって
色々とセミナーやらなんやら
動いていたら。
半年後くらいに、
「やればやっただけ収入が入る」
という会社にスカウトされたのです。
そして、400万で雇ってくれた会社を
8ヶ月で辞めて、個人事業主的な
働き方にシフト。
めちゃくちゃ怖い決断でした。
でも、もうケツに火がついていた。
そんな私を育ててくれたのは、
年収3000万の大先輩でして。
その先輩からは、
「収入の10%は寄付をしたり
誰か応援する人たちのために使おう。
そうすれば、お金はどんどん循環する」
ということを徹底的に教わりました。
だから、かなり背伸びしつつも
「分かち合う」「ご馳走する」「寄付する」
という感覚を養っていった。
また、一緒に働く人の金遣いも
セミナーや交通費に数万円〜数百万、
飲み代で数十万〜数百万、
腕時計が数十万〜数百万、
奥様のお小遣いが月30万、
みたいなのもよく耳にして。
あーーーーー
こういう世界があるんだなーーーー
ということを知って、
なんだか、思ってもみないほど
「金額の感覚」が変わっていったのです。
その後のことは、
よくブログにしていますが、
「働けば働くほど収入アップ」
「頑張れば頑張るほど収入アップ」
という価値観を信じていたために、
あえなく身体を壊してダウン。
happyちゃんや子宮委員長はるちゃん
八木さやちゃんに出会います。
そして、いま。
個人事業主的な
働き方になってまる6年目。
その仕事で1000万はいかなかったし
今現在、毎月の収入は
あったりなかったりですが
「お金は出せば入る」ということは
感覚としてわかってきた気がします。
ただ、それを“家族単位で”
とは考えていなかった。
心屋さんや八木さやちゃんの
本にあったけど、
やっぱり明渡せないでいた。
「私が学んだ分は、私から入る」
と思っていたのかもなー。
入り口を限定してた。
だから、ここからは
人生初の
「夫に頼ること」
を覚えていこうと思います。
ちなみに、先日そんなブログを書いて
ちょっとずつ頼り始めたら、
驚くような臨時収入が夫に入った。
(金額は数万円なんだけど
現実化するんだ!という
確信エネルギーの価値ったら!)
だから、
もっと頼れば、
もっとプライドを捨てられれば、
どこからか、大きく入ってくるのかな。
そんな挑戦をしつつ
色々とまた不安やらなんやら
綴っていこうと思います。
お読みいただきありがとうございました。
