…もはや育児ブログでも何でもないわ。

ID付け間違ったなこりゃ。

 

さて、シン・ゴジラを観てきました。

以下ネタバレありなので、ご興味ある方は自主規制してね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の感想は、こちらの記事とだいたい被っていました。

ちなみに私も、ゴジラシリーズは観た事なかったです。

 

そう、この映画を絶賛する人(概ね大きなオトコノコのオトモダチ)への、そこはかとない違和感…。

なんかね、この内容って、むしろ盛り上がっちゃいけない話なんじゃないの?って感じたのです。

理由はリンク先を。

 

シンゴジラを観た感想・・・絶賛は出来ない理由。色々と危険な側面も有り。【ネタバレ注意報】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうひとつ、私はラストを観て「ゴジラ後のあの世界はどうなるのか」を想像して身震いしました。

 

東京は、そのど真ん中に、アンダーコントロールな核の遺産という観光資源が手に入った。ロシアではなく東京に。

 

そして、アンダーコントロールとはいえ、もしまた動き出したら、東京は6日間で核攻撃の対象となる。

そんな街に人は住むのか?といえば、日本人はきっと住む。

 

「悲劇は(一体化して・日常化して)忘れること」を昇華する手段とする宗教観を持っている日本人。

(だから、原発事故に対しても「食べて応援」なんてキャッチフレーズが出てくるんだよね。あれ、なぜそういう発想になるのか、感覚的にはよく分かる。原発事故に適用するのはほとんどブラックジョークだけど。※ちなみに、問題ない範囲の測定値と明記・PRされていれば私は食べますが。

 

毎日ゴジラを遠目にしながら、「どうせそのうち…」と厭世的に刹那的になっていく人々、観光業で潤いながらも、心の底が荒んでいく。

ほんの少しの揉め事でも、「俺が耐えてるのにお前はっ」という理屈でイジメが横行する。

 

また、無意識に言霊を信じていて、「言葉にしたら実現・実存しちゃうから、臭いものには名前をつけてはいけない、話してはいけない」という宗教観を持っている日本人

 

本当に再起動したら怖いから、役人政治家も含め、再起動した時の避難ルートなどは誰も考えない。

建設的に法整備しようとする人には「バチあたりな」という圧力が。

 

でもって、いざ実際にゴジラが再起動したら、6日の猶予があるのに、「皆耐えてるのにお前はっ」と、避難しようとする人を責める人が出てくる。

 

こーわーいーよー。・゚・(*ノД`*)・゚・。

 

でもってこれ、殆ど実際に現在進行形で起こっていることだっていうのがまたね。

 

 

 

もうひとつ、これで日本は「半減期が20日の、つまりは殆ど安全と思われる核燃料」を手にしたことになる。

 

そんな日本を、はたして米国が、中国が、世界が放っておくのか。

日本はその価値に気づいて、ちゃんと自国で制御できるのか。

できなかった場合、その核燃料を、世界人類はどのように使っていくのか。

 

恐ろしくもあり、希望かもしれない側面もあり。

 

でもその「ほんとに希望だった場合」でも、昭和期の「核の平和利用」との差に思いを馳せてみると、果たしてちゃんとジャッジできるのか、とかね。これも考えると怖い

 

…とにかく、見終わって2秒で、こんなことまで感じさせる、とてつもない映画だったっていうことは確かでした。

 

深読みしすぎかもしれないけれど、ほんとうは「人知を超えるものに相対したとき、観念や畏怖に振り回されずに、智慧を駆使して根拠に沿って、勇気を持って行動できるのか」という問いかけがテーマのように思えた。

けれど、それがより観念的な層を刺激しかねない映画になっているという構造矛盾。

 

そんなの意識してできないだろうから、さすがエヴァの監督だなぁと感心したし、リンク記事同様、「危ういな」と感じた次第でございました。

 

ごちそうさま、お腹いっぱい。