腹腔鏡下子宮筋腫核出術 入院2日目(手術当日) | 明日も晴れ!!

明日も晴れ!!

久しぶりのブログ再開。これからは45歳で母になったこと綴っていくつもりです

仕事復帰したのに一日おきにしか出勤できなくて、なんでこうなんだろう・・・みんなに迷惑かけてと

少し落ち込み気味です。


体は日々回復してるのがわかるほど回復してきて今日も仕事に行く予定だったんですが、昨日、一昨日と

下の傷の縫い目から液のような膿のようなものが少し出ていて心配で仕事を休み病院に行ってきました。


先生は今日は病棟のお仕事だったようで、(夜勤だったのかな?)少しお疲れのようでした。

それでもとても心配してくださって傷をギューっとしぼってみたり押さえてみたり、痛みの度合を聞かれ、

「大丈夫です。どうしてもお汁がでちゃうんですよ、普通の反応です」と、安心しました。

術後少し血がにじんでいたのが治まって、あててるガーゼはいつも綺麗だったので、とても心配しちゃいました。

先生ありがとう!頼りになりますぺこり


さてと、手術当日の話です。


起床の6時前に、前夜飲んだ錠剤の下剤が効き始めガバッと飛び起きてトイレに直行です。

でもゆっくり眠れましたよ。

朝一番に処置室に呼ばれ、看護師さんいわく「とどめの浣腸」です。

その後は禁飲食のためうがいだけしてベットで待機です。

その後オペ着と血栓防止用のストッキングを着用、いよいよだぁと思ってるところに

点滴2本と抗生剤の点滴開始です。

私の場合は輸血する可能性があるため、点滴用の針も太くて長いものを刺されました。

「痛かったです」

でもベテランの看護師さんで、上手でしたよ。

点滴してる最中に採血もあり、忙しくなってきました。

同室の子は午前中のオペだったので、先にベットごと運ばれていきました。


主人も来てくれて、オペが終わった同室の子も帰ってきて、13時にオペ室に向かいました。

途中「何でメガネしたままなの?」「外したら何も見えないの!」と看護師さんと会話したまま

手術台まで眼鏡のまま行きました。

手術室の前で主人に「ちゃんとご飯食べてね、レストランに行くんだよ」と言い聞かせ手術室に入ります。


手術室はとても明るくてキラキラしてる感じで静かに音楽がかかってました。

硬膜下麻酔をするために横向きになり体を丸めます、麻酔の先生が骨を指で確認しながら

「消毒します」「ちくっとします」と言ってたけど、痛みもなにもなかった。

針はもう刺さりましたからねと言われその言葉でクラクラになっちゃった。

(前日麻酔の先生から硬膜下麻酔の説明を受けた時に痛いものだと思い込んでました)

マスクをつけられ、(うわぁこの圧迫感がいやぁ)と思ってたら

「大きく3回深呼吸して、そのあとは普通に呼吸ね」と言われて

大きく3回深呼吸して普通呼吸になった所で

「さくこたさん!」と起こされた。


あれ?いつ終った?ぼんやり先生の顔と主人の顔を見てました(メガネがないから見えないの)


病室に戻り主人に「トイレに行きたい」と訴えまくりました。

尿の管入ってるのに。

2時間位で手術は終わったみたいです。

麻酔でぼんやりしてるし痛みも感じなくて、でもなんか一生懸命話してた気がします。


主人も帰り、意識もしっかりしてきたくらいから痛みとの闘いになりました。

体が1枚の板みたいになって動かせない手は動くけど点滴につながってるし、足をなんとか立てて(この方が痛くない)うんうんうなってました。

熱もどんどん上がって・・・

とにかく辛くて、時間が全然過ぎていかないんです。

アイスノンもらったり、体を横にしてもらったり、わがまま言い放題の私だったと思います。

隣のベットでも同じようにつらそうな声が聞こえてました。


あまりにも辛くて、看護師さんに「顔が苦痛にゆがんできてますよ、どうしてもだめなら注射打つ?肩に

打つから痛いよ」と言われて

打ってもらいました、あまりの痛みに痛いって叫んじゃったけど(今も肩に痛みあります)その後すぐに

気を失うように眠ってしまったようです。


痛みに苦しんでる間、母親も何度か開腹手術をしていてきっと今以上に辛かっただろうけど、そんなこと

子供の私たちには一言も言わなかった、ものすごい母だなとか

19歳で亡くなったにゃこ(猫)も傷が化膿して一晩熱にうなされて、ふらふら歩いてパタっと倒れたりしてたのに

無事に元気を取り戻してたのを思い出して負けてられないと思ったり、きっと私はこのまま苦しみ続けるのね

と思ったり、忙しく頭の中が動いてました。


とにかくとにかくこの夜は忘れられない辛い夜になりました。