はじめまして![]()
ブログをご覧いただき
ありがとうございます💓
和宮 YAMATOMIYAです🌸
魂の風景を可視化するために
メッセージアート
日本を伝えるために
神話の絵を描いています🌿
真心を込めて・・・
6月10日は
木星が蟹座♋へ移動して
運氣の流れが変わるタイミングで
皇居の勤労奉仕へ行って参りました
コロナ後、数年振りに4日間の日程。
皇居勤労奉仕は抽選となるため
たくさんの応募があり
中々通るのは難しく
団体として
一万人のお宮奉仕は
一万人のお宮奉仕は
確率的に高い そう
それは今まで参加されてきた
仲間の姿や
八百万の神様
ご先祖様
神社
日本について
向けている意識が伝わるからこそ
初めての皇居は
おかげさまを感じながら過ごす
貴重な宝物となりました
皇居勤労奉仕の始まりは80年前
戦後焼け野原になってしまった
東京で
東京で
陛下がどのように
御過ごしになっているのだろうと
宮城県栗原市の有志が
勤労奉仕を申し出たことがきっかけです
この時代、天皇陛下のために動くという行為は
敗戦国の日本にとって
GHQ により、問題視される行為
覚悟を決めて
栗原市から徒歩で向かわれたとのこと
当時、先人の方々が行動を起こし始まった
皇居勤労奉仕が
今現在も尚続いています
今現在も尚続いています
また、初日の夜は
靖国神社正式参拝・講話
とても考えさせられる時間でした
これはまた
別のタイミングでブログに載せようと思います
初日
皇居東御苑ご案内いただきながら少しご奉仕
夜は靖国神社へ
2日目
赤坂御用地
秋篠宮皇嗣殿下・妃殿下とのご会釈
3日目
皇居、天皇陛下とのご会釈
清掃奉仕
4日目
皇居宮殿ご案内
清掃奉仕
あっという間の4日間
1日平均2万歩は歩いたかな?
最初の2日は雨の為
ご奉仕は少なく
その分、雨時期にしか経験できないこと
たくさんありました
以前までは皇居と聞いて
あまり関心がなかったのですが 😅
実際に訪れてみて
皇居という場所が
日本にとって尊い場所なのか
なぜ御守りにならないといけないのか
上手く言葉では言い表せないですが
存在意義といますか
それをとても痛感して
ただただ
皇居は皇族の方が住まわれている場所
ではないということです
別次元に来たような
目には見えない何かを感じる空間と
地に足がついている現実感もしっかりとあって
皇居は移り行く時代の変化を経ても
日本のあるべき姿をそのまま残し
長い年月を過ごされて来た
皇居は特別なお場所なのだと感じました
その環境の中で
時代に合わせて新しい風を取り入れる
お姿は本当に頭が下がる思いです

それをとても痛感して
ただただ
皇居は皇族の方が住まわれている場所
ではないということです
別次元に来たような
目には見えない何かを感じる空間と
地に足がついている現実感もしっかりとあって
皇居は移り行く時代の変化を経ても
日本のあるべき姿をそのまま残し
長い年月を過ごされて来た
皇居は特別なお場所なのだと感じました
その環境の中で
時代に合わせて新しい風を取り入れる
お姿は本当に頭が下がる思いです

先ほど
皇居に関心がなかったといいましたが
DNAの記憶として
DNAの記憶として
ある想いが残っていることもあって
何となく行く氣になれなかった
というのも本音かもしれません
結局行き着いた先は
我の柱はそのままに
これからは和合していくこと
何となく行く氣になれなかった
というのも本音かもしれません
結局行き着いた先は
我の柱はそのままに
これからは和合していくこと
という答え
自然と愛国心に溢れます
日本人は皇居、皇室を
どのように認識されているのでしょう?
日本人は皇居、皇室を
どのように認識されているのでしょう?
皇族と言われると
どこか、遠い存在に感じてしまいますが
日本人は特に、肌で感じてほしいことが
皇居勤労奉仕にたくさん
詰まっているような氣がします
最後に
今回の皇居勤労奉仕で一つ不思議だったのは
陛下とのご会釈の前
あまりにも私が穢れていたのでしょうか😂
宮中三殿の賢所(かしこどころ)から
頭痛が酷くなって
これはちょっとまずいかもしれないと
思っていたところ
ご会釈となり、陛下がお出になられた瞬間
ご会釈となり、陛下がお出になられた瞬間
激痛頭痛がピタッと止まって
さっきまでのが嘘のよう
団長とのやり取りもしっかりと
目に焼き付けることができました
とても尊い時間
ご一緒した皆様方有り難うございました💓
団長とのやり取りもしっかりと
目に焼き付けることができました
とても尊い時間
ご一緒した皆様方有り難うございました💓
今日から夏至
またエネルギーが変わりますね
そのタイミングで
20年以上遠のいていた関係が
天に戻った九州の叔母が
繋げてくれたおかけさまで
20年越しの再会
皆で、福岡の秋月にきています
これからも新しいを受け入れつつ
流れに身を任せる
流れに実をまかせる









