前回からの続き。
「再発」は2012年のことでした。
2011年、震災後は栃木の実家に帰ろうと決めていました。母から聞かされる栃木の人々の様子は元気がなく、インドでヨガを勉強したら、周りの人たちを元気づけたい、そして、商売人の家に生まれた血なのか、自分の力で何かをするということがやはりしっくりくるな、と感じていたからです。
ヨガ教室を待っていた方たちも幸いいらして、でもいつも少人数、それだけで食べていけるわけもなく、老人介護施設での看護師のパート、ヘナやインドで学んできたマッサージをしたり、相変わらずの掛け持ち生活の中、排卵日に猛烈な腹痛で近所の婦人科を久々に受診しました。
筋腫がやはり大きくなっている、とのこと。手術した先生のところに早めに行った方がいい、と言われました。
主治医だったS先生は相変わらず婦人科の部長をしている、ということで、後日診察を受けました。
「筋腫だけももちろん取れるよ。
でも、また大きくなるから3回目の手術もあるということで覚悟しておいて。出産しないなら全摘という手もあるけど」
とのお見立て。
私、40歳。
彼氏はいるけど遠距離。
彼は結婚も子供も考えていない。
私は「子供がこの人生で本当に欲しいのか」自分に問う毎日でした。
実は子供は大好きな私。でも自分の子が産みたいとかではなく、誰の子供でも大好き。子育てや出産への恐怖はない。
でも…まず、今の彼とは無理だろう。
お互いの意見が違う。もし私が欲しい、と言っても彼は欲しくない。
私は恐らく子供は出来にくい身体。
そこに不妊治療などで立ち向かいたい、という欲求はない。
筋腫だけ取るとして、3度目の手術は確実。その時はそう思っていた。お腹の中を切ると傷が治る過程で「癒着」と言って、臓器同士がわずかにくっついたり、動きが鈍くなったりする。
1度目の手術の後もひどい便秘になったため、3度となると、癒着はかなりひどくなり、腸の動きも悪くなる。
その時の私の考えは以上のようなこと。
加えて、「何故私は普通に子供が産めないのか」「何故、彼は欲しいとは言ってくれないのか」「女性として大事な時期を見逃してしまったのではないか」
などと、感情面では彼のことも自分のことも攻め続けていました。
怒り、罪悪感を鎮めるために、瞑想をして1週間後。
「子宮を手放していいんだよ」
と、どこかで声が聞こえました。
そうか…
全てが丸く収まり楽になるような気がしました。
その頃、ヨガのティーチャートレーニングも受けていて、早くスッキリして復帰したい!全て手放して、新しい人生を作っていこう!
なんて気持ちであっさり?
全摘を決めました。
40歳の私に「それでいいの?」という人はそんなにはおらず、私の決断は尊重されました。
取ったらこの腹痛も、彼に対するもやもやも全部スッキリする、仕事もスッキリ出来るようになり、再発の恐れもない。
今でも摘出したことに後悔はないですが、
「取ったら何もかも解決」はない、ということがわかりました。
身体の中で作り出したものは、きちんと意味がある。
誰かの手で取り除けば終わり、ではない。
その後に起こったことは、長い間私を苦しみの中に連れていきました。
「気づきなさいよ~~」と神様が言ってくれたんでしょうね。
鈍感な私への試練はまだまだ続きます。
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