2026年6月20日
美輪明宏さんが天国へ旅立たれました。
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91歳でした。
老衰だということです。
私たちの常識だと病院で何かの病気で
亡くなるのが通常の人の最期だと
信じ込んでいますが、
本来の姿は、老衰で最期を迎えるのが、
いちばん理想的だと思います。
旅立つ寸前も苦しくないそうです。
スピリチュアルの専門家というくらい
その世界の研究も相当されて
いるようでしたので、
充分に準備をされて
旅立たれたのだと
思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。
そして、そのタイミングで、
色々な人が、
思い出話や、
心に残っているエピソードや
名言集をSNSで投稿されていました。
タイミングが遅れてしまいましたが、
今、それを取り上げないと、
素晴らしい言葉も
また埋もれてしまうのでは
ないかと思いまして、
こちらに転載させて頂きます。
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オーラの泉で
美輪明宏さんを知った人は、
まるで魔法使いのような
印象を持たれたかと
思いますが・・・・
若い頃は、
それはそれは男前だったと
誰もが認めています。
私も昔の写真を観て、びっくりしました。
当時は、ズバ抜けた容姿の人が、
テレビに出ていたように思えます。
それでは、美輪明宏さんが世に出る前の
エピソードを紹介します。
「もしあの夜、歌っていなかったら――美輪明宏さんはいなかった」
— ぐっちー (@gucci0421777) January 27, 2026
若い頃の美輪明宏さんは、驚くほど貧しかった。
才能があっても仕事はなく、金もない。
銀座の小さな店で歌っても、客はまばら。
拍手もない。反応もない。
正直、心が折れかけていた。
その夜、美輪明宏さんは思ったという。… pic.twitter.com/MfApv1r9AV
「もしあの夜、歌っていなかったら
美輪明宏さんはいなかった。」
若い頃の美輪明宏さんは、
驚くほど貧しかった。
才能があっても仕事はなく、金もない。
銀座の小さな店で歌っても、客はまばら。
拍手もない。反応もない。
正直、心が折れかけていた。
その夜、美輪明宏さんは思ったという。
「もうどうなってもいい」
売れたいとも、
認められたいとも思わなかった。
嫌われてもいい。笑われてもいい。
これが最後になっても構わないから、
自分を偽るのだけはやめようと。
客の顔色を見るのをやめた。
ウケを狙うのをやめた。
“売れる歌い方”を捨てた。
ただ、自分の中にあるものを、
そのまま声にした。
すると、店の空気が変わった。
ざわついていた客が黙り込み、
誰も動かなくなった。
歌い終わっても、
大きな拍手はなかった。
でも、美輪明宏さんは気づいた。
泣いている人がいた。
その瞬間、こう確信したという。
「生き残ろうとすると、何も届かない。
終わってもいいと思ったとき、
初めて伝わる」
この夜を境に、仕事は少しずつ増えていく。
一気に成功したわけじゃない。
ただ、
‘’自分を裏切らない生き方”だけは、
二度と手放さなかった。
美輪明宏さんの人生を変えたのは、
才能でも運でもない。
逃げ道を消した、
その覚悟だった。
ーきれいな話じゃない。
でも、やけに現実的で、怖いほど刺さる。
「あなたはまだ、保険をかけたまま
生きていませんか?」
孤独というのは、
あなたに与えられた
贅沢な贈り物
愚痴を飲みこむ沈黙の力
言葉と心は
直結しているのよ。
だから1日1回でいいの、
言いかけた愚痴を
ぐっとこらえて
深呼吸をひとつしてみて!
https://x.com/from_newyork/status/2072269852673487050
(以下転載)
美輪明宏さんに
35歳女性が人生相談をした。
『やりたいことが何もない。
夢がない自分が恥ずかしい』
普通は「これから見つかるよ」と励ます。
でも美輪さんの言葉で
空気が一瞬で救われた。
「色々挑戦しなさい」
と言いたい場面で、
美輪さんが発した驚きの言葉が
『あら、立派な夢なんてなくて結構よ。
私だって「絶対にやりたくないこと」
を捨てていったら、
たまたま今の私が残っただけなの』と、
やさしく微笑みながら、
あっさりと言い切った。
ここに「美輪さんのように、
圧倒的な自分軸で生きる人」
の本質が見える
自分軸がある人は
「立派な夢を持っている人」じゃない。
自分の「できないこと」や
「やりたくない本音」を
すんなり受け入れている人。
この女性のように、悩んでいる人。
霊視させてもらうと
あなたが気付いていない魅力に
気付く事があります。













