わたしにはふたりの子供がいる





もう何十年も前のこと
まだ3歳や4歳だった子供たちを前に
話して聞かせたことがある
















きみたちが大きくなって
どんな仕事をするのか
どんな大人になるのか
それはパパとママは決めません
それは自分で考えて決めてください

この世界に生まれるには必ず
やりたいことがあったはずです
それをよく考えてください





ひとの迷惑にならず
咎めを受けない仕事なら
どんな仕事を選んでも自由です
自分の好きな仕事を選んでください





そして選んだ仕事には
自分の全部の力を使ってください
全部です





もしも
それが
うまくいかずに
お金も無くなり
ご飯も食べられず
ある日
道に倒れて死んだとしても





そこまでの毎日に
自分の全部の力を使って
頑張ったのだとしたら
ママより先に死んだとしても
ママは悲しくありません





わたしはそう言った












この世界に生まれ落ち命を生きる
そこでいちばん大切なこと
それを伝えておかなくては
その日そう思いたったのだった





まだ相当に幼かった子供たちは
黙って静かに聞いていた












子供たちはそれぞれに考え
全力を使う












上の子は
その日のこと
その日のわたしの言葉を
ただならぬ気配と共に
覚えていると言う

これはまた
突然変なことを言う母親だと
そう思ったと言う

それでもその子は
選んだ稀な仕事につき
必要な努力をひとつずつ次々にやってきた
そしてある今











下の子は
その日のことを
全く覚えてはいないと言う

なのに何故だか
自分のいちばん好きなことを
皆のやらない世界を仕事として選び

そこで
いちばん上まで登りつめ

そこからまた考え
新しい展開へと動き始めた











ふたりは道で倒れて死なずに
まだ生きている
























理不尽な程に個を認めない両親の元に育ち
親の決めた仕事を黙って受け入れたわたしが
人の子の親になった時
いちばん大切だと思ったこと
それが

自ら決め
そこに
命の全部を使うこと

みな
そのために生まれたのだ














思えば
わたしの両親は大いなる反面教師だった
あの環境で育っていなければ
このような考えのわたしも
今の姿の子供たちもいない





そうなると
あの日々を含め
全てに
感謝せざるを得ないという不思議





そうか…

ありがとうございます
















ami