旅が私の大事な趣味になって50年を超えました。
先日東京へ行きましたが、そこで電車の旅をしようとして、浦島太郎を実感してしまいました。
現在72歳
若い時しか出来ない旅があり、忙しい中に連休等を利用する旅があり、少し時間に余裕ができてする旅があり、だんだん他人に助けてもらう旅になる今、今までの旅を振り返って、旅のスタイルの変遷をまとめてみたいと思います。
少し長くなると思うので、2~3話に分けてみようと思います。
1.最初の旅
最初の旅は、19歳の夏休みの屋久島行きから始まりました。
屋久島は小学校時代だと思いますが、NHKで確か月曜日7時半からやっていた『新日本紀行』という番組で紹介されたのが、強く印象に残っていてどうしても行きたくて、当時出張先の東京から、西鹿児島まで、急行列車『桜島』で30時間以上掛けて行ったのでした。
この列車は4人掛けの普通座席のみで、皆んな床に新聞紙を敷いて、譲り合いながら座席で寝る人、床に寝る人で知らない人同士でも仲良く過ごしながら行ったのでした。
更に屋久島まで船で渡ったので、5日間の旅は結局屋久島で1日半だけの旅となりました。
初めてユースホステルで泊まり、そこで出会った人と次の日は自転車で2人乗りのサイクリング
(合計4人の2ペアでしたが、もう1人の男性とは今でもお付き合いがあります。)
結局、行きたかった山にも行けず、森林鉄道も見れずでしたが、初めての事ばかりでいろいろな人との出逢いと1人旅の楽しさを知った旅でした。
2.自転車とユースホステルを使った旅
屋久島の旅で味をしめた私は結婚するまで、自転車を好きな友達とのユースホステルを使った旅が始まります。
『旅』という月刊誌をほぼ毎月購入し、行きたい所のチェックとその計画作り。
三連休以上の休みには、何処かへ行かないと収まらない日々を過ごしました。
結婚前には、この楽しさを知って欲しいと女房には一緒の旅ではなく、1人旅を勧め能登半島へ行ってもらいました。
そして、この仕上げは自転車での日本縦断でした。
サラリーマンである私は、一気に日本縦断は出来ないので、金曜日の夜行列車で例えば鹿児島まで行き、土日走って熊本からまた、夜行列車で帰って来て出勤、次の土日までに自転車の整備と洗濯をするというのを繰り返します。
当時は国鉄時代で長距離の寝台列車がたくさん走っていたからできた旅で、九州佐多岬から北海道宗谷岬まで3月から夏休みまで1日120~150km 走る旅をしました。
泊まったユースホステルのペアレントさんにサインを頂いた旗が今も私の宝物です。
汚れてヨレヨレ。
50年経つとだいぶ色落ちもしましたが、独身時代の旅の集大成です。
結婚してから、旅のスタイルも大きく変わります。
旅のスタイル②に続く