地下鉄で吊り革につかまっていたら、突然『パン!』とお尻に衝撃がありました。
振り向くと、子供が立っており、親御さんが平謝り。
子供は『虫ついてたから』と。
その手に残る黒い残骸を見て、ありがとうと感謝を伝えました。
前を向こうとした瞬間、対面に座っていたお父さんと目が合い、無言で会釈したので、家族ぐるみのお詫びかと解釈し、お辞儀を返しました。
さらに次の駅で、小さい子連れのお母さんが乗車すると、会釈をくれたお父さんの横にいた子供が、即座に立ち上がり席を譲ろうとしました。
周りを見ている素敵な家族だなぁと感心しつつ、目的の駅に到着し、降りると、なんとそのお父さんと子供だけが下車しました。
結局、別々家族だったのですが、温かい善意が連鎖する、とても微笑ましい時間となりました。
大阪メトロ大阪港駅から向かった先は釈迦院です。

山号は築港高野山です。
創建は明治43年と寺院にしては新しく、真言宗の開祖である弘法大師が遣唐使で唐に渡ったのを顕彰する為、遣唐使一行が出航したとされる跡地に弘川寺の末寺の寺号である釈迦院の名前を継承して随心院門跡重松寛勝によって開基されました。
開基当初の釈迦院は現在地より東の天保山運河の近くに位置し、7800坪程の広大な敷地を有していたそうです。
大正時代から昭和初期にかけては大師信仰の中心地として栄え、東の四天王寺、西の築港高野山と呼ばれるほどであったようですが、1945年6月1日の第2回大阪大空襲により寺は全焼していまいます。
戦後、釈迦院は1952年に現在地に移転して再建したが、境内の広さは往時の十五分の一の500坪と大幅に縮小してしまいました。
本堂

一見普通の本堂に見えますが、鉄筋たそうです。
御本尊は弘法大師です。
護摩堂

大阪四不動西方霊場でもあります。
護摩壇

一願不動尊

地蔵さん

十三重石塔

石仏コーナー

地蔵堂

メインよりもこちらのコーナーの仏像が味があっていいのよ。

浪曲師の広沢虎吉が、釈迦院の住職の弟子であった関係で、同寺の境内に浪曲の祖とされる藤原澄憲を祀る碑が建てられました。
玉姫稲荷大明神・白髭稲荷大明神

社殿

鯖大師

旅の僧が馬に塩鯖を積んだ馬子に出会い、鯖を乞うが馬子は僧を嘲りその願いを拒否する。
馬子が去ろうとしたところ、僧が呪歌を唱えると馬が腹痛を起こし苦しみ始める。
馬子が謝って鯖を与えると僧は再び呪歌を唱え、馬はもとに戻った。
こういうの弘法大師に多い伝承ですけど、なんか仕返しするのって了見狭いよね。
落語でも、大師の馬という話があります。
旅の僧が、食べ物を請いに来ますが、この家の女房は亭主の食事を作っていたのだが『今作ってるのは馬の餌なので、お坊様に差し上げるなんてとんでもないことです』と体よく断ります。
僧が去った後、料理が出来上がり、亭主を呼びに行くと、そこには馬が寝ていました。
これは僧侶を謀ったからだと、慌てて僧侶に追いつき詫びて亭主を元に戻してもらいます。
僧侶が頭に手をかざすと、かざした部分が馬のものから人に戻っていきます。
僧侶の手が亭主の股間に差し掛かろうとしたその時、『そこはそのままで!』
六十六花御朱印

500円でした。




