NHKで放映されたドラマ
『空白を満たしなさい』
自殺した主人公が
再び生き還るドラマで、
見応えがありました。
今日のブログは、
重い話になるので
苦手な方は、読まないでくださいね。
人は、いつか必ず死ぬけれど
『自殺』という
自分で自分を殺していく亡くなり方は、
遺されたものにとって、
なぜ?
どうして?
なにが?
と自問自答したり、
自分を責めたり、
周囲からは、
なぜ?
と聞かれるけれど
聞かれる度に
責められている感覚になってしまう。
ドラマの中で
自殺した本人さえ
なぜ死んだのか、わからない
と話していたけれど、
それは、きっと真実だと思う。
もちろん
理由があって、
と亡くなる方もいるけれど、
【本人さえわからない】
という答えもあると思うのです。
ドラマの中で、
火事の中を逃げようとして
思わず窓から飛び降りる感覚
とも話していたけれど、
聴いていて、
とても納得がいく言葉でした。
生きたくて亡くなる場合もあるのだと、
聴きながら
母もそうだったのかも知れないと
思えてきたりして、
涙がこぼれてきました。
私の母も25歳で自殺して、
どうして亡くなったのだろう?
と、私自身、長い長い時間をかけて、
いろいろな人に聴き、
答えを見つけようとしたけれど
本当の理由は、わからなかった。
事実は、
母は死ぬまで生きていたし、
私を産んでくれたし、
私の目前で自殺したこと。
私が母にしてあげることは、
何もなかったけれど
母を看取ることができたことは、
今となっては、
ちいさな救いになっているのです。
ドラマを見終わり
母の亡くなった日を調べたら、
ローマオリンピックの開幕日
だと知りました。
マラソンで、アベベが優勝した
ローマオリンピック。
その
4年後の1964年には、
東京オリンピックが開催されました。
ドラマの余韻の中で
書きたくなって書いてみたので、
まとまらない文章だけど、
『空白を満たしなさい』のドラマを
もう一度見ると
今より整理された言葉になるのかも。
とりとめない話を
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
天野使音 拝


