おはようございます。
梅雨のじとじとした毎日というか、昔のようなジメジメした梅雨ではなく、最近は豪雨と熱射という激しい天候の季節になってきています。
この季節、乾燥機のない僕の家では、週末の洗濯に天候は大きく影響します。特に道衣は分厚く乾きにくいので、冬と梅雨の時期は憂鬱です。
世に言うライトワーカーと呼ばれる人たちも、普通に生活しており、毎日、食事をし掃除や洗濯に時間を費やし、給料が安すぎると不満を口にます。(僕の話です。)
僕たちには、サンジェルマンのような生活はできません。
例え、その魂は外来であっても、地球人として大衆と同じ生活をしています。
スターシードと呼ばれる人は、地球人と比べて何が違うのか?
それは、闇の支配下でしか生きてこなかった人にくらべて、光の世界を経験してきた魂は、この世界に違和感を感じているということだと思います。
僕も中学生の時代にこの世は何かおかしいと感じ、探求が始まりました。中3の文集には、10年後の自分というテーマで作文を書いたのですが、僕は革命を起こすと書いてしまいました。(笑)

実は、ライトワーカーという言葉は、僕はあまり好きではなく、自分をライトワーカーだと思ったことはありません。
便宜的にそう表現してきただけです。
別にライトワーカーを悪く思っているわけではなく、ライトワーカーと言う言葉を冠することにより、何か特別な人種として認識してしまうのが嫌いなのです。
僕もあなたも同じ地球人なのです。今はね。

逆にライトワーカーとしての自意識が過剰になってしまい、不必要な自尊心や自己重要性が自分と他者を害することがあります。
光に近づくほど謙虚になるはずが、自惚れを育ててしまい光の為に働いていたのがいつのまにか、闇落ちしてしまうこともあります。
ライトワーカーとしての自覚や覚醒は必要なことですが、闇夜を照らす光は目立つので、妬みや嫉み等の闇のターゲットにもなります。
だから、表たってライトワーカーという言葉は必要以上に使わないようにしています。

ところで、以前「感じてプレアデス」よりライトワーカーの役割を引用させてもらいました。


この役割には、僕も賛同いたします。
本当に、光の外惑星人と地球人の橋渡しとなり、そして時代の変化に戸惑う人々を癒し誘う役割があると思います。
ライトワーカーは光を地上に定着させる存在だと思います。
日常の中で、何気ない毎日に周囲の縁ある人々や環境に対して光を放ち続けなければならないと思います。
僕は、家族と食卓を囲むときは、その部屋が光に包まれていることを想像します。
毎朝、誰もいない職場で、一日が光に包まれてみんなが過ごせるように祈ります。
できるだけ周りの人々の振動も落ちないように努めているのですが、自分のキャパにも気を使います。
無理なことはできないし、解決できないことは、ある程度までしか関われません。
ネガティブに応じて、自分の光が曇るのは良い結果を生みません。
自分よがりに見えるかもしれませんし、偽善と呼ばれるかもしれません。
でも、これはバランスの問題なのです。
背伸びして足をすくわれるのは、自分の心につけいる罠でもあります。時には非難を承知で避難することも必要です。
自分の光を維持しないといけません。

人間は、受信機であり送信機でもあります。
宇宙からのエネルギーを受信し、地上に波及させることもできます。
根源神の愛を受信し、地上の人々に愛を伝えることもできます。
もっとわかりやすい例は、人から受けた怒りを、他者にぶつけることもできます。これはネガティブな例です。
逆に、人から受けた怒りを、理解という愛のエネルギーで消化しポジティブに変換することもできます。
我々は意識を持った送受信機なのです。

僕はチンターマニ石を設置した経験があります。また富士大神を祀るある団体の御神体の設置に協力したこともあります。
両者は、その地域を浄化し安定と保護をもたらしています。
僕は、それら以上にライトワーカーは、その地域の安定と保護を齎すことができる存在だと思っています。もちろん、そのライトワーカーが覚醒し機能的に働いていた場合の話です。

以前、神の使いとして働いている人がいる地域は神様に守られるという話を聞いたことがあります。
(被害を受けた地域にライトワーカーがいないという意味ではありません。エネルギーバランスもその要因にありますから。)
かつて僕たちは、全国の聖地に巡礼していた時期がありました。
僕たちの住まいは、各地域に散らばっていました。そして時に集まり聖地の神様に祈りを捧げてきたのです。
当時より、僕は、聖地の祈りも重要ですが、各地域の氏神様、地主神への祈りを推奨していました。
その為に、僕たちは散らばって生活しているのだと理解していたからです。
僕は、未だに毎日、近所の氏神様へ参詣しております。
この地の人々と生活の保護に感謝するためです。

ライトワーカー一人一人は、光のアンカーでもあると思います。
ライトワーカーは何より、自分の光を維持すること、自分の振動のレベルを下げないことが大切だと思います。
そして各地域に散らばった光は、ある意味、計画的に配置されており、それがグリットを形成していると考えています。
そして、その光は時に応じて観応し合い、時には実際に会合をして共鳴しあい、様々なカラーや模様を描いていくと思います。
それは、パワーストーンにもご神体にもできない効果です。
おそらくそれぞれの属性により共鳴し合った人々の光は、綺麗なイルミネーションや心地よい和音といった振動を高次元では感じることができると思います。
僕は、これがライトワーカーの今の時代での存在意義じゃないかな?と考えています。

僕は、自転車通勤をしているとき、良く空を眺めながらペダルをこいています。
その時に、時に空にフラワーオブライフの模様のドームを視覚化したり、地上から積みあがる立体の球がフラワーオブライフ上に形造っていることを視覚化しています。
しかし、この範囲は、僕の視覚に入る限りしか望めません。
だけど、もし僕の視野の外に同じような人がいてフラワーオブライフを視覚化していたら、その形は繋がり拡張します。
僕の目の前には、琵琶湖が映っています。しかし、その全体像は見えません。
だから、同じ県に住んでいても琵琶湖を囲むように同じような人が僕の知らないところで住んでいるだろうと思っています。

ライトワーカーの仕事は一つではありません。
各自がそれぞれの仕事をこなせば良いと思います。
それは内面から湧き出てくるもの、導きがあるものだと思います。
そして、それぞれが繋がるとき大きな影響をこの地上に及ぼすのだと思います。
まずは、6月30日に各自が連結する機会が設けられています。
新しくビジュアル付の音声瞑想ガイドがリリースされたので、はりつけておきます。
我々、全てのライトワーカーが団結する時です。
よろしくお願いします。