出産予定日より13日も早く
分娩所要時間は3時間33分
6月6日という日を選んで
生まれて来たわたし
ホロスコープを読んでもらう為に
実家から送ってもらった母子手帳
並んだ数字を見て目を疑った
ゾロ目の執着の強さに
若干自分に引いたよね![]()
そうでもして付けたかった
沢山の水星
人と触れ合いたい!!
そんな欲求を強く持って生まれた
けど、一番近くにいるはずの
家族の仲は希薄だった
お父さんは口下手で
几帳面で社会との関係を重視する人
お母さんは外の世界へ飛びだしちゃう人
兄二人とは歳が離れていて
物心ついた頃には自然と会話が減り
お兄ちゃん、と呼ぶのもはばかられ
〇〇くん、と名前で読んでいた
弟は子分みたいに扱った(ヒドイ)
現在、両親二人はすでに他界し
実家には兄二人と弟が暮らしている
母が体調を崩した辺りから
兄弟間の結束がちょっとだけ増し
ぎこちないなりに少しだけ
打ち解けられた、と思う
外の家族を知らなくて
和気あいあいとした仲の良い家族
というのは幻想の世界の産物だった
でも幸せになれるのは
そんな家庭の中で育った
朗らかで天真爛漫な子、という
思いこみをずっと持っていた
コミュニケーションを取りたい水星
でも実の家族とは取れなかった
あ、
わたし寂しかったんだ
寂しさはずっと抱えていた
けど、家族の在り方は
育った環境の中でのものしか
知らなくて、それが当たり前に
なってしまっていて
コミュニケーションが取れない事が
寂しさに繋がっていただなんて
思ってもみなかった
一人になりたい
自由になりたい
時よりそう思う
けどいざ一人
広いリビングでポツンとすると
じわじわと寂しさが拡っていって
孤独に打ちひしがれてしまう
わたしの孤独は
家族と分かり合えなかったこと
そこから来ていた
変な家庭だった
勉強は出来ないし
思いっきり社会から外れたし
ダメだ!と父に言われた通り
社会一般ではダメだと思われる
フラフラした生き方をした
ダメだということは教えてくれたけど
じゃあどうすれば良いのかは
示してはくれなかった
自分で考えろ、って事だと
思うけど、不安ばっかり煽られて
どうすれば良いか分からず
絶望が拡がった事もあった
父も母も恨んだし
世の中も敵だった
何なんだ、と怒りも沸いたし
恐怖で慄き拗ねも撒き散らした
でもわたしは、それでも
わたしを諦めたくなかった
こんな風に育っちゃった
世間からも外れてしまった
それも含めてわたしはわたし
こんなわたしでも
幸せになりたい!!
自分の全部を認めた瞬間
楽しいことをしようと思った
その小さな
一つ一つが繋がって
結婚して、子供が出来て
結婚してからも色々あったけど
また再び世界が拡がり始めた
ただ自分を責めただけだと
世界は苦しかった
けど、受け止めてそのすべてを
許したら、何かがしたいと思えた
世界は変わらなくても
自分の見方は変えられる
今ある環境の中に感じる絶望
どうしてそう感じるのか?
じゃあどうしたい?
わたしはそこから始めた
もしまた絶望が拡がっても
そうやって培った力がある事を
忘れる事はない
いつからでも
どこからでも
始めることは出来る
