やって参りました♡大宮氷川神社





左に進み、池が囲んでるお社

『 きっと厳島神社
でしょ

』
でしょ

』…な感じで近づくと…
宗像社





やっぱり宗像三女神
がいらっしゃるんだ


がいらっしゃるんだ


嬉しくなって、ご挨拶♡m(_ _)m♡
池には、いっぱい亀がいて、
人なつっこい





『 亀さん

お手

(笑)( ^ω^ ) 』


お手

(笑)( ^ω^ ) 』そして、向かい側のお社





見るからに、稲荷社





このお社
の奥は、方角というか…
の奥は、方角というか…時間というか…十二支の干支がぐるりと一周に描かれていて、
なんだか…『 稲荷
』といっても
』といっても方位
方角
が関連する陰陽道
みたいな…
方角
が関連する陰陽道
みたいな…今まで、私の知らない『 稲荷
』な感じで
』な感じで秘密
が隠されている気がする…
が隠されている気がする…なんだか不思議
だ…(u_u)…
だ…(u_u)…そして、稲荷社
の脇には、
の脇には、案内図にも何にも載っていないのに
猿田彦命





やっぱり、重要な神さま
ここにあり…って感じ…
ここにあり…って感じ…神池





昔…スピリチュアル
で有名な江原さん
がここの龍神さま
にお力
を頂いたとか言われてる場所


で有名な江原さん
がここの龍神さま
にお力
を頂いたとか言われてる場所


龍神さま
いらっしゃるょね~~


いらっしゃるょね~~


立派なご神門





これは、力石





力自慢の人が、この石を持って本殿
を
を一周出来た人のみが、石に名前を刻んで奉納したと言われてる石





素敵な光





突然に祈祷殿
が開き、スペシャルな掛け軸
とご対面


が開き、スペシャルな掛け軸
とご対面


得しちゃった





境内を一周して、出口近くに、
御岳神社
と門客人神社
と門客人神社
門客人神社
…なに

なに


…なに

なに


手名椎命
足名椎命
足名椎命
門客人

調べてみると…


調べてみると…********************
アラハバキ】、もしくは【アラバキ】という名前の何かを祀っていた神社や祠の痕跡が、東日本を中心にしてあったとされている。アラハバキ、アラバキ(以下、アラハバキで統一)を信仰した神社や祠、そこに改称した事が明らかになっているケースでは、アラハバキは中部以西は三河地方を除くと、皆無だという。
痕跡を残しているのは強い順に、東北、関東、甲信越、そして三河地方。
東日本に広がっている謎の信仰。
大宮氷川神社を巡るもので『新編武蔵国風土記』には、現在の大宮氷川神社、その摂社門客人(まろうど)社の記述として、「いにしえは、荒脛巾神社と号せし」という記述があり、(荒脛巾神社を)「門客人社と改め、テナヅチ、アシナヅチの二座を配した」とあるという。
痕跡を残しているのは強い順に、東北、関東、甲信越、そして三河地方。
東日本に広がっている謎の信仰。
大宮氷川神社を巡るもので『新編武蔵国風土記』には、現在の大宮氷川神社、その摂社門客人(まろうど)社の記述として、「いにしえは、荒脛巾神社と号せし」という記述があり、(荒脛巾神社を)「門客人社と改め、テナヅチ、アシナヅチの二座を配した」とあるという。
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ここ…大宮氷川神社
の門客人社
は、アラハバキ神
だったらしいというのが分かった…
の門客人社
は、アラハバキ神
だったらしいというのが分かった…そして、まだまだ続く…
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氷川神社は、出雲の簸(ひ)川の川上にあった杵築大社(出雲大社)を分祀するようにして祀ったので、ヒカワジンジャ(氷川神社)として祀ったと社記にあるが、それよりも古い時代にアラハバキ神社があったという事にもなる。
谷川によれば、【氷川】を【簸の川】とする説を無視して、『新撰姓氏録』を眺めると、【氷連】と記して「ひのむらじ」と呼ばれた一族を発見できるという。その氷連は、ニギハヤヒ(饒速日)の十世孫となる「伊己灯宿祢の後」(いことのすくねのあと)と記されており、やはり、物部氏と関係があるようだと推察している。また、実際に『神名帳考証』にも氷川神社の祠官(しかん:祭祀に携わる人)の姓については、やはり「物部」と記してあるという。
物部氏はニギハヤヒの末裔であり、そのニギハヤヒとは記紀神話に於いても、神武東征以前に天岩船で降臨していた神の末裔。神武よりも先に降臨していた神の系譜。
物部氏が出雲以前に関東に既に到達していた!? アラハバキ神はそういう事?!
やはり、そういうものがあった可能性は否定でない。因みに、谷川著では物部氏と蝦夷との連合が神武東征以前に存在していたとなる。そこから「ヒノモト」と呼ばれていた東北地方の謎、或いは茨城県と岩手県に存在したとされる日高見国とは何であったのか、と論考を進めている。
谷川によれば、【氷川】を【簸の川】とする説を無視して、『新撰姓氏録』を眺めると、【氷連】と記して「ひのむらじ」と呼ばれた一族を発見できるという。その氷連は、ニギハヤヒ(饒速日)の十世孫となる「伊己灯宿祢の後」(いことのすくねのあと)と記されており、やはり、物部氏と関係があるようだと推察している。また、実際に『神名帳考証』にも氷川神社の祠官(しかん:祭祀に携わる人)の姓については、やはり「物部」と記してあるという。
物部氏はニギハヤヒの末裔であり、そのニギハヤヒとは記紀神話に於いても、神武東征以前に天岩船で降臨していた神の末裔。神武よりも先に降臨していた神の系譜。
物部氏が出雲以前に関東に既に到達していた!? アラハバキ神はそういう事?!
やはり、そういうものがあった可能性は否定でない。因みに、谷川著では物部氏と蝦夷との連合が神武東征以前に存在していたとなる。そこから「ヒノモト」と呼ばれていた東北地方の謎、或いは茨城県と岩手県に存在したとされる日高見国とは何であったのか、と論考を進めている。
アラハバキ神は出雲神族の伝承では、クナトノ大神の配偶神とされる女神であったが、近江雅和『隠された古代』によれば、大宮氷川神社の摂社に門客人社があり、風土記稿によると祭神はトヨイワマド、クシイワマドの二座で、古くは荒脛巾神社と号したという。出雲の杵築大社の摂社に門客人社がありクシイワマド、トヨイワマドを祀っているから、門客人号はこれにもとづいたものであろうともされるが、『江戸名所図会』に「摂社・荒波々幾の社、本社の傍に在り、…『武蔵国風土記』に観松彦香殖稲天皇御宇三年所祭とあるは、この社をいえるにや」とあり、杵築大社は記紀成立時の創建であるから、社伝の考昭朝成立というのは氷川神社のことではなく、アラハバキ社のことをいうのであろうと、鋭い指摘をしており、アラハバキ神こそ氷川神社本来の祭神であったともする。なお、出雲大社には現在も境内末社に門神社二社があり、大社側ではミカド神社といって、門客人社を否定しているが、竹内健『異神巡脚記』によれば、出雲大社資料館の彰古館には寛永八年(1668)作成の古社図が展示してあり、それにはあきらかに門客人社と記載されているという。
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…と、こんな事も書かれていた…
なるほど…(u_u)…
出雲神族では、クナトノ大神の配偶神の女神でアラハバキ神

女神さま
で名前がアラハバキ
なんだ…
で名前がアラハバキ
なんだ…しかも、氷川神社
って出雲大社の分祀
で出雲系なんだ…
って出雲大社の分祀
で出雲系なんだ…ここまで来ても、出雲の神さま
なんて
なんて本当に嬉しい





しかも…もしかしたら、物部
ニギハヤヒ
の方が大きく関係してるかも…なんて、益々嬉しい


ニギハヤヒ
の方が大きく関係してるかも…なんて、益々嬉しい


関東地方に関しては、出雲大社系より、
物部
のニギハヤヒ
の方が最初に開拓して暮らしていたかもしれない…って事なんだ…
のニギハヤヒ
の方が最初に開拓して暮らしていたかもしれない…って事なんだ…いずれにしても、私の大好き
な神さま
ばかりで嬉しい


な神さま
ばかりで嬉しい


そして、もう一つの情報が…
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このアラハバキ神をまつる門客人神社はオオクニヌシ系の出雲の神であり、
同時に製鉄の神様であるということからスサノオ系の神としての意味もあるわけです。
結局、大国主も、大国主を征服した素戔嗚も、最終的には蘇我氏=秦氏のヤマト朝廷による
征服により信州から関東、そして東北地方へと逃れたということ。それはそのまま出雲の民、
物部の民が、信州と東国、東北へと離散したことを意味します。
そしてこの大宮氷川神社のある武蔵野も逃れてきた人々が定住した場所であり、そもそも縄文の人たちが生きてきた土地だったということでしょう
同時に製鉄の神様であるということからスサノオ系の神としての意味もあるわけです。
結局、大国主も、大国主を征服した素戔嗚も、最終的には蘇我氏=秦氏のヤマト朝廷による
征服により信州から関東、そして東北地方へと逃れたということ。それはそのまま出雲の民、
物部の民が、信州と東国、東北へと離散したことを意味します。
そしてこの大宮氷川神社のある武蔵野も逃れてきた人々が定住した場所であり、そもそも縄文の人たちが生きてきた土地だったということでしょう
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まさか、遠く離れた埼玉の地
で
で大和朝廷の征服により出雲、物部の民が東北の方に逃れてきた事を知るなんて…
又、私の大好きな人たち
の足跡
に触れられて感慨深い気持ちになった…
の足跡
に触れられて感慨深い気持ちになった…ふと…目をつむり…
木々の…そよぐ風の…大地の…
そして、太陽に包まれている自分を感じていると…
すぐそこに…縄文時代の出雲や物部の民がいそうで…
なんだか…時代を越えて…時間を越えて…
不思議な感覚になった…
覗いてみたいな…
行ってみたいな…
会ってみたいな…
私にとって、衝撃的な出会い…
アラハバキ
門客人神社
門客人神社
もっと、もっと調べて、近づいていきたいな…
そんな気持ちになった…大宮氷川神社
でした…
でした…















