「あなたはあなたのままでいい」
それは間違いなんかじゃない。
けれどその肝心の「あなた」のことを
あなたはどれだけ分かっているのだろうか?
「内面で無自覚に蠢く、たくさんの自分を知ること」
それは誰かに教えてもらうのではなく、
自分で気づかないと過去の自分から変化することは出来ないし、
逆に「このままの私でいいのだ」とも思えない。
もしかすると
私たちは「いまあるものを失う」ことで、
何を手にしていたのか、やっと気づくことができるのかもしれない。
また失うことで、
何を大切にすべきなのか?ということにも気づいていける。
そうやって、たくさんのご先祖さまたちが「大切にしたい」と願ったものが
私たちの奥深く「遺伝子」に刻まれていて、
また次のいのちへと繋がっていくのだろう。

いつの時代も人の力が及ばないものに翻弄されながらも
自分たちが大きなものに包まれてることに気づき、
畏敬の念を自然界へと放つ。
「死」は終わりでは無く、次なるステップを踏む通過点であることを古代人は知っていたのだと思う。
「死」は恐れの対象では無く、お祭りの対象であって
黄泉よりの使者は未知なる叡智をもたらす歓迎すべき存在だった。
死者と踊り明かすのが
本来の「まつり」
死者との交流は、自分が全体性の中で生きていることを思い出させてくれる
大切な儀式。
個を離れたとき初めて
宇宙とのつながりを実感できるのだから。
風にはあらゆる情報が、
水にはたくさんの記憶が、
地には慈愛がある。
火は感覚を宇宙へと伸ばし、
魂との糸を思い出すヒントをくれる。
これら全てとつながりし時
わたしたちは「人間」にもどることができる。

「人間」とは宇宙と地球の間を繋ぐもの。
狭間にあるこの存在は、
植物や動物と違い葛藤を常に抱え道に迷いやすい。
でもだからこそ、間をつなぎ地球の進化を下支えする。
私たちはいつから「人間」という役目を忘れてしまったのだろう?
それは大きな流れの中で起きたのだから良い悪いはないけれど、
今この時、この役目を思い出すように促されているのかもしれない。
そして、
思い出すための起爆剤がこのさき用意されている・・・
と、そんな気がしてならない。
それは祈りの力では
どうすることもできないとも思う。
なぜなら「人間」という存在は、
個人的な視点ではきっと祈らない。
世界をよくしようとも祈らない。
無難さを求めないから。
すべては
「有難い」ものだから。
ありがたや、ありがたや。
「死」が終わりを告げるものでは無いとしたら、わたしたちは果たして何に対して祈るのだろう?
新たなステージを求めるべく
祈るのだろうか?
「いのち」はいつも、どんな状況であっても紡がれ、繋がれていく。
灯ったその火を消さないように
その意図(糸)を絶やさないように…
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