こんばんは!
@Rico です。
お正月🎍も終わり、、、
ぼちぼち通常運転になっとる方々が多いことかと
思います✨
てなワケで
九州巡礼シリーズ👣
高良大社さん⛩️の続きです❗️
延々と参道から山道を上がっていき
境内到着した直後の朝日☀️に感動しつつ
失礼いたします🙏
チラ見👀
中門〜透弊。
こちらで
ふんわりと風が吹いてきて、
めっちゃ心地よいーーー✨✨✨
してして。
あれ⁉️
こちらの中には入っても善きなのかな、と
(手前に賽銭箱があり、ちと迷う💧)
思っていたら
地元の方がズンズンと入って参拝されていて![]()
よし✨と
失礼いたします🙏
(別の角度からの外観)
この中門から先が
さらに、ググッと感があるのです。。。
高良玉垂宮✨の扁額
(旧称は「高良玉垂命神社」「高良玉垂宮」)
御祭神
左殿(向かって右)八幡大神✨
正殿(中央) 高良玉垂命✨
右殿(向かって左)住吉大神✨
※本殿に合祀されるのが豊比咩神社⛩️
御祭神
豊比咩大神(豊玉姫命)
→このスタイル、めっちゃ気になるよね‼️
で。
こちらの、高良玉垂命。
謎多き神として、さまざまな説が唱えられますが
その確定とはなっていないのが現状です。
【御祭神諸説の一部】
武内宿禰や藤大臣、住吉大神、綿津見神、安曇磯良、彦火火出見尊、香春神、女神、鵜葺草葺不合命第三皇子、物部氏神、物部膽咋連など
※興味あったら、調べてみてくださいな
が、参拝させていただいた
2024年の高良大社さんHPには
当社所蔵の「筑後国符写」「筑後国符写(神名帳)」
をはじめ、百四十六通の文書が旧年六月に新たに
国の重要文化財に指定されるに至りました。
これらは、ご祭神の諸説に関わる諸課題も内包する
ものです。
(詳細は以下を参照ください❗️)
とあり、
この御祭神の謎✨が
紐解かれる時がやって来そうですね^^
(扁額のさらに上に‼️)
→波のなかから出現しとります![]()
ちなみに、
高良大社の神紋は木瓜✨
四方に開いた雲の中から
高良の神がご出現なさるその瞬間✨を
表わすのだそう![]()
→ウチの実家の家紋も木瓜✨
なんかしらんけど、テンション上がります‼️
御由緒
創建は履中天皇元年(400年)と伝えられ、897年には正一位を授けられ、また延喜式内の名神大社として高い地位にありました。
また今から1600年前、仲哀天皇の御世、異国の兵が筑紫(九州)に攻め込んできた際に、
西に下った神功皇后が追い返し、筑前国四王子嶺に登って神仏に助けを祈られた時、高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)という神が住吉の神と共に初めてご出現されたと伝わります。
筑後國一の宮であり、
また
筑紫の国魂とも呼ばれています🙏
いわゆる「筑紫」というと
福岡市方面も含めた広範囲において、
その御力をいただいていると考えられ
九州を語る上で中心となる場所であったのでしょう。
初九州巡礼で
今回のご縁を有り難く感じます🙏
🙏🙏🙏
さらに、
謎多き「高良玉垂命」の
御祭神諸説をいろいろと記事を書くために
見ていくと。。。
‼️‼️‼️
てか、今回の九州巡礼に
ピタピタにハマってくる内容があります![]()
![]()
![]()
(御祭神の謎解きは専門家の方にお任せして、
興味ある内容に食いついてみたw)
それが、こちらの記事のなかの
高良大社|高良玉垂命の正体とは?三韓征伐の副将は月神なり 2023/10/20
5と6の流れ✨✨✨
つまりは、
5の、高良大神は月神なり
6の、高良玉垂は住吉明神の化身なり
という説の部分。
詳細については、
参照元の記事を見ていただきたいのやけど
この↓内容にビックリ‼️したのよ![]()
高良玉垂にまつわる話で重要なのは、玉垂は異国の敵を倒した際に海神の宝珠を使ったことです。その宝珠は海に投げ入れることで潮の干満を操ります。玉垂の由来はこの宝珠にありました。
えええーーー😲❗️
今回、修練会で宇佐神宮行きが決定したあと
翌日の福岡周辺の参拝場所を決めるときに
まず、頭のなかに閃いた💡のが
住吉大社さん✨を参拝した時の
大海神社さん⛩️と志賀神社さん⛩️
こちらが、なんとも忘れ難くて
実は御守りも授かっていて![]()
この流れで、
ネタバレになるけど
高良大社→住吉神社→志賀海神社
とうかがう計画としたのでした❗️
てか、発見💡した時には
ぞわわーーーっ💧とキマシタよ。
てなワケで
ちろっと続きます。
では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために












