四天王寺番外編②庚申堂境内〜庚申信仰と山王信仰。さらに次回となった愛染堂勝鬘院。 | 神さま仏さま「ねえさんぽ」と「あなたの世界をいきること」

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神様仏様、巡礼、登拝を経て「ねえさんぽ」で生まれた感動は、空海さんとの出会いにはじまり神仏さまとの結びへと繋がっていく旅の軌跡(主な巡礼地:奈良・京都・大阪・兵庫・四国)
あなたがいて、わたしがある
世界があって、わたしがある
そんなシンプルな道をともに生きたい

こんばんは!




@Rico です。




前回の番外編①に続いて、


庚申堂 境内社にお参りいたしますよ‼️


本堂をお参りしてから、

ちろっと雨が止んできて。。。


神変大菩薩さま




足腰健全✨🙏

自然とともに在ることを大切に✨🙏




お隣には

九頭龍大権現さま




なんとなく、箱根を思い出しました。。。


→実は、大阪遠征の翌月にうかがってるよね笑い泣き




七福神さま




立江地蔵尊さま



四天王寺最古の地蔵尊で、鎌倉時代のもの
とありますね❗️



三猿堂



庚申信仰と山王信仰が合わさることで

三猿が御本尊の脇に置かれるようになったと

いわれます。



ふむ🤔


庚申塔に描かれる三猿🐒

もともと、はじまりからいらっしゃったのでは

ないのやね?



ちろっと調べてみたら。。。



☑️ 庚申塔三猿は、もとはまったく別のものだった。

☑️ 三猿は古代インドで生まれ、東南アジア・中国に広まり、やがて日本に入って、鎌倉時代以降には絵画や彫刻の題材になった。


☑️ 室町時代に、山王(日吉神社)信仰と庚申信仰の対象として共に北斗七星があったところから両者が結びついたとする説がある。

→いわゆる、日月が描かれてますね❗️


☑️ やがて室町時代の末期に山王の使者(化神とも)である猿が庚申信仰に取り入れたという流れ。

☑️ 初期の庚申塔にあらわれた猿は三猿ではなく、一匹や二匹で、目・耳・口をふさいだものではなかったそうな。

☑️ さらに江戸時代、17世紀中ごろに庚申塔に三猿が現れた。庚申の夜に天の神(天帝)に悪事を告げるといわれる三尸(さんし)との兼ね合いで「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿が結びついたというもの。



(代表的な庚申塔のイメージ図↓)






してして。



実は、またしてもタイムアップ⤴️で

うかがえなかったけど、

目指していた先がこちら⬇️



愛染堂勝鬘院

→四天王寺さんの支院ですね^^





なかなかに見どころたくさん✨✨✨




そもそも、聖徳太子さまが四天王寺を建立した際

四箇院制度✨をもって

その目指す世界を創ろうとしたのやけど



(詳しくは、シリーズ⑥を参照あれ↓)




この四つの寺院のひとつ

施薬院(せやくいん)として建立された場所にある


これが、現在の愛染堂勝鬘院さん


あらゆる薬草を植え、病に応じてあまねく人々に与えられるようにと四天王寺の北西の角(現在の愛染堂の場所)に建立されたのです。

当時の面積は現在より一層広大であり、また、建立の意味あいからいうと、我が国の社会福祉事業発祥の地とも言えます。



ちなみに、愛染さまの御開帳は

お正月の特定期間のみだそうなびっくりびっくりびっくり



(写真はHPよりお借り↓)





まだまだ、大阪は深いよねグラサン





てなワケで、

大阪ねえさんぽ2024✨


まだまだ続きますけどね笑い泣き




お次は、

こちらも長編シリーズになる予感キョロキョロ









では。




いつも、ありがとう^^




@Rico




幸せは自分のために

世界が平和であるために