旅行をハードスケジュールににてしまい、旅行から帰って来ても、今だに疲れが取れない50代後半のおばちゃんです。
疲れすぎ、やっとブログ載せれました。
昨年の旦那の退職のお祝いが、自治会長というプレッシャーでろくに出来ておらず、3月に自治会長のお役目も無事に終わり、「ご苦労さん」と、5月の結婚記念日も兼ねて、今年は旅行をと昨年から考えてました。
本当は北海道に行きたかったのですが、旅費が高く諦め、以前から行きたかった広島にしました。
何も考えず、宮島のホテルを取ったのが、かなりハードスケジュールになってしまいました。
広島の目的地に行くまでに、4時間はかかり、朝の3時半に起き、家を4時50分に出ました。
名古屋駅に付き、予約した新幹線に乗るまで1時間あるので、マックで朝食を済ませました。

7時28分博多行きに、いざ広島にGO!
昨日から、新幹線に乗るまでが心配でやれやれ。
旦那は、1人で電車にも乗れない人、旅行の計画なんて全く出来ない、この日が来るまで、どれだけ大変か分かって欲しいです。
ちょっと愚痴です。
旅行中、旦那に対してイライラもあったんで、愚痴ってます。
広島に着き、目的の呉市に移動!
大和ミュージアム

戦艦大和の模型

実物の大きさ全長263メール
こんな大きな物を、当時の技術で作ったって凄いですよね。

1945年4月7日、襲撃され3051人が亡くなりました。
東シナ海の海底に今も沈んでます。

戦闘機もあります。
この潜水艦は、人間魚雷回天です。
出られない様に閉じ込められ、一部の証言では、捕虜になるのを避けるため自決用の薬物や拳銃が用意されたと語られてます。
当時、10代を含む多くの若い兵士たちが、実質的に逃げ道のない極限の状況下で、潜水艦に乗り込み、敵軍へと突撃していきました。
生きて帰ることが許されない作戦の中、出撃した若者たちは生還の選択肢を断たれ、多くの尊い命が失われました。
お国のため、そして残される家族のために戦った日本兵たちの過酷な運命を知ると、本当に胸が締め付けられる思いがします。
多くの犠牲をだす戦争は、世界から無くなる事を願いたいです。

近くの喫茶店で、潜水艦をみたてたカレーライスを食べました。
けっこう辛かったです。

てつのくじら館は、臨時休業で入れませんでした。
この潜水艦、実物大だそうです。
内装が見られなく残念でした。
お天気も良く、暑くなく最高の時間でした。
次の人、呉市は☔が振ったそうです。
それに、廃棄漁船が大量に燃え火災が発生しました。
夜になっても鎮火してないとニューすで見ました。
この日に行っていたら、電車も停まっていたかは分かりませんが、宮島になかなか入らなかったかも。
旦那の晴れ男と、運が良かったです。
広島駅に向かい、広島駅から宮島口駅のフェリー乗り場に行き、宮島に渡ります。



続きは②に続く

