JTAの試験が進行中ですね。
JTAのキャビンクルーの方々と、JAL/Iはとても深い関係にあります。
JTAで飛んでから、JALで国際線の経験を積みに、2,3年単位で、出向してこられる
方がいらっしゃいました。また、試験官にも、J社に人が入ることもありますし。
で、今日は、私のJAL受験体験記その1をお送りします。
ANAもこのあとにつづきますので、Aーファンの人は、待っててください。
1995.1
日本航空が契約制CAの3回目の募集。
わたしは、当時、大学3年に進級する直前。どこでもいいから、絶対スッチー、うかったら大学は
やめよう!と思っていたので、その時点で、すでに8社の受験経験があった。
1月の時点で、外資MH(マレーシア)の最終に残っていたけど、
日系は、初めての受験だし、ここは受けてみようとエントリー(^^)
短大卒業程度という条件の、既卒募集だった。
2回生だし、まあ短大程度の年齢だからOK
と、自分の都合のいいように解釈しての応募。
後から聞いたら、私と3人しか在学中の人はいなかったらしい。
1995.2
なんと、書類通過のしらせが、封書で(時代をかんじるなー)届いた。
封筒が、JALのだったので(あたりまえ)、なんかうれしかったな~。
1次試験の会場は、羽田空港にある、JAL東京空港支店。
14時からの面接に備えて、わたしは、ANAの午前10時伊丹発を予約。
JALを予約するのが常識なんだろうけど、この際だから、ANA,JAL両方にのりたいなんて
試験なのに、考えていたわたし。
で、9時前に伊丹に到着。
その場で、わたしは青ざめた。
ANAの10時発は、キャンセル、東京便は13時まで欠航。
冬場だったので、千歳あたりでダイヤが乱れた為らしい
JALへの振り替えをもちろん申し出たが、スカイメイトの私は、優先権はなく、
キャンセル待ちをするしかないと言われる。
まにあわない、どうしよう。
思わず、母に電話する、お子様なわたし。
縁がないのよ、大学もあるんだから、次の機会にしたら、ぶちっ。
と、CA受験に反対の母の電話は切れた(;-;)
とりあえず、JALCA採用グループに電話
K あのー、飛行機が飛ばなくなりました、
試験時間に間にあいません。変更御願いできないでしょうか?
J 変更は無理です。でも、今日は最終日で、16時の面接のグループで終わりだから、
それに間に合えば、お目にかかれますよ、でも遅延だしたのウチじゃないよねー(笑)
K あのー、そのー、予約がとれなくて(うそ)
J まあ、なんでもいいけど、とりあえず、トライしてみてください。受付につたえときます。
という、やりとりの末、新幹線に振り替えるる事も考えたけど、時間的に厳しいので、空港で待機。
そしたら、2時半のJAL便に空席。飛び乗った。
こんな時にかぎって、伊丹が大混雑して、離陸が遅れ、羽田到着がなんと3時50分。
私は、6cmヒールで、ばんばん人にぶつかりながら、支店まで走った。
なんか、受ける前にこんな状況になると、意地でも行くという心境になるもの。
16時に受付に到着。
担当のひとが、受付と書いた紙をばりばりはがしていた。
K くるみと申します。今からでも、受けさせていただけますか?
J あ~、Aに乗ってウチに来たって人?聞いてますよ。まだ間に合うから走って。
と、面接部屋まで一緒にダッシュしてくれた。
すでに面接会場は、がらんとしていて、私の部屋の前に到着。
J 5人もう中にいるから、君はこのイスを持って入って。
わたしは、あんなに入室を練習したのに、お辞儀もばっちりきめるつもりだったのに
パイプイス持参で、部屋に入った。
そして、面接は始まった。
つづく
★時事問題(プロフィール欄)解答★
アメリカ