こんにちは
森本郁子(もりちゃん)です。
今日は自己紹介をさせて頂きます。
お付き合い下さいませ。
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【幼少期】
幼少の頃私は
母より、
人はやろうと思えば何でもできるんだよ、
という希望の言葉を教わった。
幼少の頃だから、
ほんのちょっとの事が
できるようになっても褒められて
ほらね、人はやろうと思えば
なんでもできるんだよ、
と言われものすごく納得したものだった。
【学童期子供会でのエピソード】
子供の時、地域の子供会の出し物に
何を出して良いかわからなかった私は
志村けんの早口言葉を
歌って踊ろうと思った。
母から教わった、
やろうと思えばなんでもできる
という希望の言葉を信じ
ウケなかったらどうしよう、
と思う恐怖も裏腹、
恥ずかしがるんじゃないよ!
と母から叱咤激励され
おばあさんの
ヅラの被り物にみせかけた帽子を
頭にかぶって
子供会本番で披露した。
会場は大ウケだった。
やろうと思えばなんでもできるという
希望の言葉は本当だと思い
私の子供の頃は活発で
積極的な生き方をしていたと思う。
【高校時代】
小学中学と普通に過ごしたものの
高校生の時には
急に太り始めるという事態に
見舞われるようになった。
身長151cm 56kg
女性ホルモンの関係もあったと思うし
成長期の太る事は誰にでも起こりうる
当たり前の事
と
今となっては思うけれど
当時の私にとっては晴天の霹靂
絶望を感じ性格もどんどん
引っ込み思案になって行った。
どんなにやせようとがんばっても
ますます食欲が湧いてしまうし
ほんのちょっとやせても
リバウンドに苦しむ日々が
続いた。
それでも、
やろうと思えばなんでもできるはず、
と希望を持ち
管理栄養士になって、
やせる方法を身につけて人を見返してやろう
などと考えるようになった。
【大学時代】
そして大学は
昭和女子大学 家政学部
生活科学科 管理栄養士専攻に
入学することになった。
大学生活はとても充実しており、
得意なダンスのクラブ活動で
仲の良い友もでき
おとなしくはあったけれど
楽しい4年間だった。
さまざまなやせる努力はしたけど
リバウンドによる
ぽっちゃり体型は変わらず
消極的な性格となっていたと思う。
【病院の管理栄養士となる】
大学卒業後
管理栄養士の資格を取った私は
資格を活かして病院に勤めようと思い
委託会社からの派遣ではあるものの
虎ノ門病院という大きな病院に
勤めることとなった。
夢が叶った形とはなったし
やりがいもあり、仲間にも恵まれた。
けれど、いつまでたっても
痩せることはなかった。
病院勤務中に腹部に激痛が走り
ずいぶん原因がわからず
入院していたことがあり
その時、体重は減ったけれど
盲腸とわかり手術をし
退院後には
それまでよりも体重が増えるという
ことがあった。
つまりかなりのリバウンドをした。
管理栄養士の知識はいっぱいあっても
実際はやせないんだなと悔しく思っていた。
【結婚と離婚】
その頃
趣味の仲間のサークルで知り合った人と
結婚することになり
5年勤めた病院を辞めることとなった。
その時は、明るい未来がみえているはずだった。
が、結婚生活は残念ながら
良いものとは言えなかった。
相手のこともあるので詳しく書けないが
結局、離婚することとなった。
その時、また人生に絶望した。
けれど、ここで体重がぐっと落ちる。
苦しい目に遭ったからやせた
と言われちゃうかもしれない
だけど、それだけじゃあない
やせる法則のようなものを見つける。
【特別養護老人ホームの管理栄養士となる】
離婚後、実家に戻り
また、管理栄養士として
特別養護老人ホームで勤めることとなった。
そこでも、一つの転機がある。
管理栄養士という
食事を提供する仕事でありながら
地域の高齢者にお弁当を配達する
という業務も行った。
実際に私が高齢者のご自宅に配達する
という場面もあった。
その時、
管理栄養士の私にお年寄りが
様々な介護の相談をしてくる。
だんだん、その内容は、
ぐちを聞いて欲しいんだな、
それだけで心が晴れるんだな、
という場面や
目の前のお年寄りが何をわかってほしいのか
どんな介護を必要としているのか
がわかって来た。
介護保険の始まった頃で
その職場には
ケアマネジャーと言われる人が居て
私にはその業務を
全く理解できていなかったが
だんだんと、高齢者の生活を守る
すごい人なのだな
と知る。
【ケアマネジャーの資格を取得する】
資格要項をみると
管理栄養士として病院等で
5年以上勤めていると
ケアマネジャーの受験資格が得られる
私はその詳細も該当している事に気付く
そこで、
ケアマネジャーを目指してみたくなり
勉強をすることになり、
管理栄養士の仕事を辞め
受験し合格した。
介護の世界のことが
ほとんどわからないけれど
やろうと思えば何でもできる、
という希望の言葉を思い出し
ケアマネジャーの仕事に就くことにした。
【在宅介護の相談業務に就く】
薬局のケアマネジャーの事業所にて
わからないながらに勤め始める
介護保険や実際の介護の場面では
難しい解決し難い問題も多くあり
当時の先輩ケアマネジャーや
看護師さんにはとても良く教えてもらった。
だから、
その後もケアマネジャーを
続けてみようと思うようになった。
やろうとすると何でもできる
という事が証明され
絶望に暮れても
希望を持っていれば
必ず道は開ける
と思うようになって行った。
【社会福祉士国家資格を取得する】
相談業務のプロフェッショナルとなるべく
就労しながら
早朝起きて仕事前に勉強をして
社会福祉士の資格を取得した。
【カウンセラー養成講座に通う】
カウンセラー養成講座に通った。
全ての事は心が関係していて
本来の自分に戻るということが
自分らしく生きるコツと知った。
【社会福祉士として地域包括支援センターに勤める】
社会福祉士、ケアマネジャーの資格を活かし
高齢者の介護の事を相談する
地域包括支援センターに
勤務した。
【現在】
心と栄養学の両面から
ダイエットを考え
ダイエット料理教室
ダイエットエクササイズ
ダイエット教室を開いて行く
活動や
極度のひとみしりだった私が
比較的誰とでも
どんな人の輪にも入っていけるように
変われた経緯を
お伝えしたいと思い
カウンセリング活動に専念しています。
同じ事で悩んでいる人達に
私の様々な活動を通して
希望を伝える事が出来たらなぁと思っています。
最後に、
現在まで
私に関わってくださった全ての方々に感謝致しております。
ありがとうございました。
2018年6月吉日
