子育てをしていくうえで、間違えやすいことのひとつにこれがあるのではないでしょうか…。
時に私たち親は、意味を履き違え子どもを不幸にしかねない行動をとっているかもしれません。
「甘えを受け入れる」ことと「甘やかす」ことは似ているようで違う…
では、どのように違うのでしょう。
ずっと親の腕の中にいた乳児時代から、親から離れて動く事が出来るようになり、ひとり遊びが出来るようになり、友達と遊び、そして幼稚園や保育園に通う幼児時代に入っていきます。
乳児時代に比べると、親と離れている時間がグンと増えてきますね
でも、親と一緒にいない時間でも、子どもはふっと親の腕に飛び込みたい衝動にかられます。
特に何があったというわけではなく、そうすると安心するんですね。幼い子どもは、自分で安心感を得る方法をまだ知らないので、その都度親のそばに行って親からそれを得ようとしているのです。
では、小学生になるとどうなんでしょうか…
小学生になれば、きっといろんな問題を抱える事が増えてくるでしょう。
例えば、友達から意地悪をされた、先生から叱られた… 集団生活の中には楽しくない事もたくさんあります。そんなとき、子どもは親に「あのね」と外での体験を色々と話そうとします。
こうした行為はすべて子どもの「甘え」であり、そうやって甘える事によって、安心感を得、痛みを癒したりしていると同時に、それは自立への準備だと言われています。
でも、時として私たち親は子どもが大きくなればなるほど、その子どもの甘えを受け入れられないことがあります。
「今、忙しいからあとで!」「もう!そんなことぐらいで…」「べたべたしないで!もう大きいんだから」
子どもが精神的に自立して、自分で安心感を作りだしたり、自分で自分を癒したり出来るようになるまでは、親の力が絶対的に必要なのです。
幼いころから十分に甘えを受け入れられてきた子どもは、精神的自立も早いと言われます。反対に、甘えが十分でなかった子どもは、形を変えていつまでも親の注意をひくような事をやり続けます。
「甘えを受け入れる」こととは、子どもの欲求にこたえて、親が、子どもに必要な精神的サポートを与える事なのですね
そしてもう一方の「甘やかし」とは ヘルプです
親が必要以上に子どもの世話をやき、子どもが自分でしなければならない事を親が代わってする事です。子どもは自分でしなくてもいいので楽です。
こぼしたジュース、脱ぎ散らかした服、すべて後始末はお母さん。
このような「甘やかし」の環境の中で子どもが得るものとは何でしょうか?
決して、親からの安心感や自立への準備ではないはずです。
きっとそれは、「自分の生活は誰かがみてくれる」といった誤った解釈です。
しかし、そのような誤った解釈が幻想である事にやがて子どもは気付きます。
その時子どもは傷つくでしょう。
自分の面倒をみる事が出来ない自分に無力感を感じるはずです。
子どもの心を育てる「甘えを受け入れる」行為 と 親の「甘やかし」とは
似ているようで全く違う結果をもたらすのですね
今、我が息子は8歳。乳児期、幼児期にどのように過ごせていたかなんて、毎日に必死過ぎて正直覚えていません。
広汎性発達障害を抱え、自己肯定感が低く新しことへの挑戦もなかなかできません
でも、まだまだ今からでも遅くはないはず!精神的サポートを与え、自立への道を拓いてやることこそが、今の私の使命なんだと感じています。