持続する気軽な幸せは
生命の中にある
ってことね
生命があることと
死なないようにすることは
次元が違う
生き物の何億年という歴史をみれば
生き物自体が「死なないこと」に
注力していたように想えるかもしれない
でも
実は「死なないようにする」ことを
生きていると誤解しているのは
人間だけ
生きている(生命が今ココにある)と
死ぬことを恐れている「いま」では
まったく次元の異なる意識でいることになる
だから「死なないように」という
恐怖原点で生きている人間は
生き物の中で
最高に「不幸」何じゃないかなと思える
その意識で
生き物を見るから
すべては「死なないように」生きることに
全生命力を向けているように思う
という
すさまじい
トンチンカンな
勘違い
生き物は本能的には
死ぬことより、いま生きていることに
最高の尊厳を与えていると思う
それに
人類史上もっとも
死なないことが容易な世界を
先人が創り上げてきたのに
それでも水から死のうとする人がいたり
他の生命の無意味に奪う人もいる
戦争
恨みや復讐
不健康や
生きる望みを失う(こんなこと不可能なのに)
そこまでして
死ぬことは簡単で
死なないようにすることは難しいと
勝手に思い込んでいる
その人類こそ、大いなる勘違いを
していると言わざる負えない・・よね
生命はそもそも
その力は絶大であり
死ぬとか生命がなくなるとか
そんな下世話な思い込みに
囚われる必要もない
人間以外の生き物で
死なないように(まるで屍(しかばね)のように)
生きている生き物は存在しない
それなのに
最強の智慧を持つ人という生き物だけが
過去と未来という幻想の中で
死なないようにと怯え生きている
それこそ生命への不遜といわなくちゃね
ってことで
もっと自分の生命という
与えられた最高傑作を享受する
その意識を持とう
それが実感となる時
人は実は「不幸になることのほうが難しい」
ということが
わかってくるんじゃないかな
それが「持続する至高の幸福」という
生命の本質を知り
それをこの人生で全うするという
すばらしいことに「熱狂」する自分となる
それが一番ラクな生き方にも
なるはずなんですよね

