人の欲望に限りはありません
次から次へと欲しいという感覚が芽生え
今持っているものでは足りないと
感じるもの
じゃあ求めなきゃいいの??
それも違います
いい気分ファースト+目醒め+超ストーリー豊かさの法則
持続する至福と幸福感と豊かさで
溢れる豊かさに満ちた人生観を持続させる
藍色シアンです
多くの場合「まだ足りない」と思い
お金でも仕事でも評価でも
所有しているものでも
さらに欲しいと思ってしまう
欠乏感ってやつが原動力になって
次々に欲しがり
今持っているものでは満足できない
失うことがとても怖くなる
これは「足りない」という痛みと
それを満たせないのではという思考が抵抗となって
足りない苦しみを生み出す結果になっています
じゃあ欲しがらなきゃいいのか
っていうことで「清貧」っていうやっかいな思考が
現れてくるわけですけど
それも違う
実は「もっと欲しい」という気持ちには
右脳的なのと左脳的なのがあるってこと
同じ「もっと欲しい」でも
実はその源は全く違う想いから
生まれています
左脳の「もっと欲しい」は
勝負や優劣で手に入れる感覚があり
それは奪い合いのような感覚があります
つまり限られた資本を奪い合う
お金でいえば、限られたお金をいかに
人より多くゲットするか
そのための能力であり成長であり
優劣であるってこと
左脳の思考はいかに効果的に
手に入れるかを優先して考え
そのためには他の人がそれらを
手に入れることを良しとしません
圧倒的優越感が欲しいわけですね
優越感というのは劣等感の恐れを源にする
感情なので
優越感を持とうとすればするほど
劣等感もまた強まり
苦しさ倍増ゲームに没入します
つまり、もっと所有「しなければ」
という思考に囚われていることになる
それに対して右脳の「もっと欲しい」は
あったら楽しいなあ・・という気分なので
限られた資本という感覚は芽生えず
豊かさは無限に存在しだれもがそれを
享受することができると想うようになっています
なので奪うとか勝ち負けとか優劣とかは関係なく
欲しければそれに従えば楽しいじゃん
っていう感じですね
そしてその所有に執着はない
それらがこの世界を豊かで楽しいものに
するための「道具」として感じている
ってのもありますね
つまり右脳の「もっと欲しい」は
そうするのがうれしくて楽しくて
良い世界が展開されていく道具として
もっとあったらいいのに
と感じるわけです
左脳でずっと「足りない」と
感じてきた人はこの右脳の「すでに満たされている」
という感覚がわかりません
これは本当に足りないとか足りているか
という問題ではなく
現実をどういうストーリーで眺める機能があるか
っていうことなんですね
つまり左脳は「不足」
右脳は「足りていて満たされている」
っていうストーリーを作る機能がある
っていうこと
よくこの足りないとか足りている
っていうことを説明するのに
コップに半分の水が入っていて
足りないと思う人は
もう半分しかないというストーリーを作るし
足りていると思う人は
まだ半分もあるじゃんというストーリーになる
だから左脳でどんなに「足りている」と
思おうとしてもそれは無理ってもんです
鼻を使って見る的な
そもそもその機能がないのにってこと
もちろん左脳の思考でも
半分もあると思うことはできますが
でもそれを純粋に信じることはできない
ってことですね
ということで
左脳でのもっとというのは
不足をベースにした苦しみを生み出すし
他人との競争や奪い合い的な感じに
なってしまい
右脳でのもっとというのは
楽しいからというのが源泉となり
他の人とも分かち合いたいと自然に
想えるようになる
だから
左脳のもっとはスローダウンさせた方がよく
右脳のもっとは拡張させていい
それくらいでバランスが取れます
面白いでしょ(^^)
いい気分ファースト+目醒め+超ストーリー豊かさの法則の旅
一緒に歩いてみませんか
楽しですよ
藍色シアンでした

