どうも!

絶頂エクスタシーー推進委員長
あげの高井です。


今日から、この呼び名にすることにしました。

僕の今年の抱負は、
関わる皆さまを絶頂エクスタシーーに導くこと

導くとは、なんだか大げさな感じがしますが、
忘れないためにも、推進委員長に自分でしました。
なので、どうぞお願いしますね。

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ちょっと、聞いてくださいよ!

僕ね、わかっちゃったのです。

わざわざお金と時間をかけて、
誰かに会いに行く事は、

自分の人生を作っている事と同義

ってことに。



いきなりですが・・・

あなたは、今よりももっともっと
毎日が楽しく、ハッピーライフを満喫したいですか??



はい!ってあなたは、先をぜひ読んでみてくださいね。
僕の想いをテンコ盛りおにしておきます。
今日は、イタコさんにも出てきてもらいますし、
僕自身の体験もmixしたハイブリットな
記事に仕上がる予定です。


いいえ!ってあなた。
速やかにこの記事は閉じて大丈夫です。
氣にしないでください。





じゃ、書きますね。
昨日なんですけど、
まだまだ落とし込めない部分が多々あるのですが、
僕の中の一番奥底にあったものについに、
ヒビが入りました。

僕は、死ぬまで絶対になくならないと
ある種決めつけていたものだったのですが、
それがまさかヒビが入ることになろうとは・・・


一寸先は、ハプニング!!

Word by猪木




で、そこでね、氣づいちゃったんですよ。

なぜ、わざわざ貴重なお金と時間をかけて、
人に会いに行くこと。
このわざわざってのがミソなのですが、

人の人生ってのは、
行動してナンボってことは、嫌というほど
情報を目にします。

確かに、この世界は肉体を持った以上、
その肉体を動かすことで、
働いて、お金をいただいたり、
好きな場所に行けたり、
やりたいことを実行することは多くの人は、
わかっています。


この3次元という世界では、
距離というものが生まれた瞬間、
時間という概念が出来ました。

時間という概念が出来た瞬間、
というか、正確には、この終わりある
肉体を持った瞬間から、
時間という檻の中からは抜け出すことは
現時点では無理です。

生まれた瞬間、死に向かって生きていると
表現されることもあります。


で、ここで冒頭の、
わざわざお金と時間をかけることが、
あなた自身の人生を作っているということですが、

時間をかけて会いに行くということは、
あなたの自身の命をかけて会いに行く事、
あなた自身の人生を求めることという事です。

言葉を変えるならば、
お金と時間をかけて、アクションを起こすことは、
あなた自身の命をかけ、あなた自身の
いつ終わるとも知れない生をかけ、
あなたに必要なものを欲しい、と表現することに
なります。



キリスト教に、


求めよ、さらば与えられん


という言葉がありますが、
求めるという事は、
欲しいと表現することです。

そこでね、求め、欲しいと表現する時に、
ちょっと考えて欲しいのですが、
欲しいと表現する先です。

わざわざお金と時間を使う先ですが、
求め、欲しいと表現する先には、求める相手
と感じると思いますが、実は違います。

もちろん、何かのサービスを受け取るには、
対価を支払うことは必要です。

ですが、求める、欲しいと表現することは、

求め、欲しいとあなた自身が表現することの
許可、覚悟があなた自身の人生を開くことに
なることは忘れないで欲しいのです。

助けて欲しいと表現することは、
助けるべきは、あなた自身であり、
それを表現する先に、あなた自身を
委ねる許可、覚悟がそこには必要になるのです。

要は、お金と時間、つまり命を使う先は、相手のようで、
相手ではなく、あなた自身の求めるという表現に、
その覚悟、想いにお金と時間を使うということです。

そうすることで、表現したこと/ものが与えられるし、
許可、覚悟に見合ったものが、受け取れるということです。


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そして、次に大事なのは、求める先に関してです。
わざわざお金と時間を使って、直接会いに行くことは
欠かせないと思います。

人は、環境から大きな影響を受けます。
これは、どうしても避けられません。

であれば、どんな影響を、誰から受けるか?を
あなた自身の中であなたが求める度合いだけ、
表現しに、行動して欲しいと思います、



仏教における、諸善万行(しょぜんまんぎょう =六度万行)
という良い行いの中に「お布施」というものがあります。
現代のお布施とは、お金と捉えられることが多いと思いますが、
本来のお布施とは、お金では無く、持ってるものが、
持ってないものに、放つことです。
それは、目に見えるもの、見えないもの関係なく。

で、本当に持っている人というか、本当にそれを理解している人は、
自身が持っているものを知っていて、それを提供したいと
思っています。

それは、もちろん本人の求める声に応じて、自分の持てるものを
提供し、それを受け取って欲しいとも願っています。

だからこそ、わざわざお金と時間を使い、直接出逢いに行き、
求めることを表現し、その求めに応じた価値を
受け取って欲しいと思います。

そして、その求める声の表現や、その姿勢によって、
人生というのは、変化していくのだと僕は思います。

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【本日のまとめ】

・お金と時間をわざわざ使うのは、求めるという
表現を許可し、受け取る覚悟にまずは使うということ

・求める先の人は、あなたの求めを待っている

・持っている人は、持っていない人に与えたい


今日のお話しは、実は僕自身が昨日体験し、
こ、こ、これはーーーー!!!と感じたことのライブ更新です。

価値は、誰かのために支払うのではなく、
あなた自身のために支払うということ。

そして、僕自身、持っている人は、持っていない人に
渡したくてしょうがないのではないか?という
新しい視点を体験しました。

求めることは、悪いことではありません。
誰かの迷惑になることも、本来はありません。

実は、求められる人も今か、今かと待っています。
求められる人は、自分から求められに行ってもいいと
思いつつ、求めると覚悟を決めるまで、表現できることを
信頼して待っています。

それを実感した日でした。

ということで、本日はこの辺で。

あなたの今が、一ミリでもより素晴らしくなる
きっかけになれば幸いです。

今日もありがとうございました。




★僕は僕の持っているものをあなたに放ちたい★
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