どうも!
あげの高井です。
今日も肌寒い感じですねー
そんな中僕はハーパンで外出していますしたが(笑)
ここ最近なんですが、
初対面の人から、「あげチンさん・・・ですよね?」と
聞かれる機会が増えてきました。
しかも、男女比的に圧倒的に女性から(笑)
あげチンを堂々と知らない人に言えるって、
本当に凄いなと思う次第です。
しかも、教えてくださったのですが、
僕のブログを読んでいてくださっていて、
こんな人居たんだよーって話をしたら、
「それってあげチンさんじゃない?」って
会話になるとか。
これまで、何度も名前変えたら?って言われたこと
ありますけど、僕の中では「あげチン」は必須なのと、
僕自身恥ずかしくも無いので、変える気は一ミクロンも
ありません(笑)
でも、見られているって本当に有難い事ですねー。
僕の言葉なんて誰も聞いていないって思っていた
時期ありますので、本当に嬉しかった。
どうでもいいですが、僕に声をかけてくださる女性は
みなさん美人!
これは、モテ期が来たか!?
・・・と。
冗談はさておき、本題に。
昨日までの感謝のお話。もし見ていない方が
いらっしゃるなら、ぜひ見てみてください。
ちょっと反応が良くて、調子に乗ってます(笑)
※リンクは載せませんので、探してみてください。
ちょっと今日は金八みたいなこと書きますねー。
***************************
これからの時代というか、世の中でとっても
大事になるのだと僕は思っていることがあります。
人は生まれて、死ぬまで結局一人なんだって
僕は高校時代に考えていたことがありました。
僕が悲しんでいても、誰も理解してくれない。
僕が苦しんでいても、時は止まってくれない。
僕が学校で暗い顔をしていても、誰もそれを
氣遣ってくれてない。
やっぱり、世の中は無常であると。
そんなことを考えていた時期がありましたが、
その頃の僕には抜けていた考え方がありました。
それは、「誰か」の為に生きること。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それまでの僕が、決して悪い人間だったという
訳ではないのですが、どこかで犠牲や我慢を
自分に強いてきました。
でも、反面、自分の為に人を利用していたとも
思えます。
この「誰か」の為に生きるということを誤解して
いたんだと思います。
人と言う漢字をみると、人は一人で生まれ、
生きていき、死んでいくのであれば、
人という漢字は、棒は一本でいいはずなんです。
日本語は表意文字なんだから。
でも、実際には日本の棒が寄り合って出来ている。
人は生まれてくる過程で、孤独と分離を感じます。
一人だという感覚と切り離されるという感覚です。
それを生まれる瞬間に強く感じてしまうので、
孤独と分離はセットで捉えられてしまいます。
でも、本当は孤独と分離は違うモノです。
僕の中でも孤独と分離の違いについてはっきりと
説明することが、目下成長中なので出来ませんが、
一人であることの孤独と、何かから引き離される事は
同じではありません。
そして、人という言葉が二本である理由もそこに
あります。
生まれる瞬間の孤独と分離。
それは人をとても苦しめる事になりますが、
その過程を通して、人が一人では生きていけない事を
学びます。
そうやって、誰かと寄り添う事を求め、他の誰かと
ペアを組んでいきます。
それが、夫婦という事かもしれませんし、
別の誰かかもしれません。
人は一人では不完全な生き物ということです。
どんなに頑張っても、一人では”人”にはなり得ません。
そして、とても大事なのが、
その「誰か」を支える役目を自分がすること。
それが、「誰か」の為に生きるということです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
つまり、人という漢字で言えば、下の棒です。
はてさて困りました。
「誰か」の為に生きる事とは、下の棒になること。
いつまでも陽の目を見れないのではないか?
実は違うんです。
自分が支える役目をする人の下の棒になることは確かに
そうなのですが、でも実際には、その自分を支えてくれる
「誰か」がそこには存在しているのです。
自分が誰かの上の棒になると言うこと。
ニュアンスを変えれば、誰かに助けてもらうという事です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この考え方がとても大事。
自分は誰かの下の棒にも上の棒にもなることで、
人間、つまり人の間に居る状態になるということです。
そのために大事なのは、
自分の価値ではなく、
自分の充足感でもなく、
自分の自信ですらない、
自分の出来ることで誰かの下の棒になってあげること。
つまり、「あげチン」になる と言うことです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
そこには、自分が自分のことをどう思っていようと、
自分のことが大嫌いだろうと、自分に自信が無いなんて事は
関係が無いことです。
だって、あなたが出来ることで支えられる人が必ずいるのだから。
なので、まずあなた自身が「誰か」の為に生き始めれば、
勝手に誰かがあなたを支えてくれるでしょう。
そうすることで、あなたが欲しいと願っていたモノ、
自分の価値や自信、あなた自身が満たされるという経験が
勝手に向こうからやってきます。
この先の世の中において、この下の棒になる事が出来る人は
必ずや必要とされます。
というか、実はずっと必要とされ続けてきました。
でも、この先もっと必要とされる人となるでしょう。
と言うことで、「あげチン」は最高なんです(笑)
追伸
先日とある質問を受けました。
Aさん:女性である私は、あげチンになれますか?
僕:なれるに決まってるじゃないですか。だって、
あげチンは男性だけのモノじゃないから。
Aさん:え?だって、私チンありませんから、
私がなったらあげマンじゃないでしょうか?
僕:そう思うなら別に良いですが(苦笑)そもそも
あげチンが男性限定だなんて、一言も言ってませんよ。
男性のモノと思うのは、世の中のイメージなだけで(笑)
Aさん:確かにそうですね(笑)
あげチンの”チン”がなんなのかは・・・
考え中です(汗)
でも、決して男性特有のアレではありません。
そのうち、思いついたら書きます。
有名人も注目中!?あげチンの高井が皆さまの質問にお答えるかも!?
感想など、ドンドン送ってきてみてください(頼)
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では。
あげの高井です。
今日も肌寒い感じですねー
そんな中僕はハーパンで外出していますしたが(笑)
ここ最近なんですが、
初対面の人から、「あげチンさん・・・ですよね?」と
聞かれる機会が増えてきました。
しかも、男女比的に圧倒的に女性から(笑)
あげチンを堂々と知らない人に言えるって、
本当に凄いなと思う次第です。
しかも、教えてくださったのですが、
僕のブログを読んでいてくださっていて、
こんな人居たんだよーって話をしたら、
「それってあげチンさんじゃない?」って
会話になるとか。
これまで、何度も名前変えたら?って言われたこと
ありますけど、僕の中では「あげチン」は必須なのと、
僕自身恥ずかしくも無いので、変える気は一ミクロンも
ありません(笑)
でも、見られているって本当に有難い事ですねー。
僕の言葉なんて誰も聞いていないって思っていた
時期ありますので、本当に嬉しかった。
どうでもいいですが、僕に声をかけてくださる女性は
みなさん美人!
これは、モテ期が来たか!?
・・・と。
冗談はさておき、本題に。
昨日までの感謝のお話。もし見ていない方が
いらっしゃるなら、ぜひ見てみてください。
ちょっと反応が良くて、調子に乗ってます(笑)
※リンクは載せませんので、探してみてください。
ちょっと今日は金八みたいなこと書きますねー。
***************************
これからの時代というか、世の中でとっても
大事になるのだと僕は思っていることがあります。
人は生まれて、死ぬまで結局一人なんだって
僕は高校時代に考えていたことがありました。
僕が悲しんでいても、誰も理解してくれない。
僕が苦しんでいても、時は止まってくれない。
僕が学校で暗い顔をしていても、誰もそれを
氣遣ってくれてない。
やっぱり、世の中は無常であると。
そんなことを考えていた時期がありましたが、
その頃の僕には抜けていた考え方がありました。
それは、「誰か」の為に生きること。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それまでの僕が、決して悪い人間だったという
訳ではないのですが、どこかで犠牲や我慢を
自分に強いてきました。
でも、反面、自分の為に人を利用していたとも
思えます。
この「誰か」の為に生きるということを誤解して
いたんだと思います。
人と言う漢字をみると、人は一人で生まれ、
生きていき、死んでいくのであれば、
人という漢字は、棒は一本でいいはずなんです。
日本語は表意文字なんだから。
でも、実際には日本の棒が寄り合って出来ている。
人は生まれてくる過程で、孤独と分離を感じます。
一人だという感覚と切り離されるという感覚です。
それを生まれる瞬間に強く感じてしまうので、
孤独と分離はセットで捉えられてしまいます。
でも、本当は孤独と分離は違うモノです。
僕の中でも孤独と分離の違いについてはっきりと
説明することが、目下成長中なので出来ませんが、
一人であることの孤独と、何かから引き離される事は
同じではありません。
そして、人という言葉が二本である理由もそこに
あります。
生まれる瞬間の孤独と分離。
それは人をとても苦しめる事になりますが、
その過程を通して、人が一人では生きていけない事を
学びます。
そうやって、誰かと寄り添う事を求め、他の誰かと
ペアを組んでいきます。
それが、夫婦という事かもしれませんし、
別の誰かかもしれません。
人は一人では不完全な生き物ということです。
どんなに頑張っても、一人では”人”にはなり得ません。
そして、とても大事なのが、
その「誰か」を支える役目を自分がすること。
それが、「誰か」の為に生きるということです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
つまり、人という漢字で言えば、下の棒です。
はてさて困りました。
「誰か」の為に生きる事とは、下の棒になること。
いつまでも陽の目を見れないのではないか?
実は違うんです。
自分が支える役目をする人の下の棒になることは確かに
そうなのですが、でも実際には、その自分を支えてくれる
「誰か」がそこには存在しているのです。
自分が誰かの上の棒になると言うこと。
ニュアンスを変えれば、誰かに助けてもらうという事です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この考え方がとても大事。
自分は誰かの下の棒にも上の棒にもなることで、
人間、つまり人の間に居る状態になるということです。
そのために大事なのは、
自分の価値ではなく、
自分の充足感でもなく、
自分の自信ですらない、
自分の出来ることで誰かの下の棒になってあげること。
つまり、「あげチン」になる と言うことです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
そこには、自分が自分のことをどう思っていようと、
自分のことが大嫌いだろうと、自分に自信が無いなんて事は
関係が無いことです。
だって、あなたが出来ることで支えられる人が必ずいるのだから。
なので、まずあなた自身が「誰か」の為に生き始めれば、
勝手に誰かがあなたを支えてくれるでしょう。
そうすることで、あなたが欲しいと願っていたモノ、
自分の価値や自信、あなた自身が満たされるという経験が
勝手に向こうからやってきます。
この先の世の中において、この下の棒になる事が出来る人は
必ずや必要とされます。
というか、実はずっと必要とされ続けてきました。
でも、この先もっと必要とされる人となるでしょう。
と言うことで、「あげチン」は最高なんです(笑)
追伸
先日とある質問を受けました。
Aさん:女性である私は、あげチンになれますか?
僕:なれるに決まってるじゃないですか。だって、
あげチンは男性だけのモノじゃないから。
Aさん:え?だって、私チンありませんから、
私がなったらあげマンじゃないでしょうか?
僕:そう思うなら別に良いですが(苦笑)そもそも
あげチンが男性限定だなんて、一言も言ってませんよ。
男性のモノと思うのは、世の中のイメージなだけで(笑)
Aさん:確かにそうですね(笑)
あげチンの”チン”がなんなのかは・・・
考え中です(汗)
でも、決して男性特有のアレではありません。
そのうち、思いついたら書きます。
有名人も注目中!?あげチンの高井が皆さまの質問にお答えるかも!?
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では。
