渡辺和子

キリスト教カトリック修道女

1927年2月11日 北海道旭川市にて生を受ける

 

 

 

29歳でナミュール・ノートルダム修道女入会後、アメリカへ派遣されボストンカレッジ大学院にて博士号取得。
36歳でノートルダム清心女子大学学長に就任し、63歳まで務める。
教育現場のみならず、執筆活動にも勤しんだり、マザーテレサ来日の際には通訳を務めるなど多方面で活躍。
和子のクリスチャン人生において、大きく影響を与えたマザーテレサ。間近でマザーの生き方に触れ、そのバイブレーションに共鳴し、その姿を追いながら、和子もクリスチャンの道を実践されました。リーディングでは数秘からみたマザーとの関係性にも着目していきます。
 

和子の著書「置かれた場所で咲きなさい」が200万部を超えるベストセラーとなった昨年、マザーから受け継いだその意志を、今度は私たちに伝えるお役目を果たし終えたかのように、2016年12月30日、89歳の生涯を終えイエス様のもとへと帰天されました。

お優しい笑顔が印象的なシスターですが、その生い立ちは厳しく、時代に翻弄された運命的なものを感じさせられます。
当時まだたった9歳の少女だった和子は、自分の父親を目の前で銃殺されます。
わずか1メートルの距離で、父親の最期をみとったのです。世に言う二・二六事件でした。
年の離れた3人の兄姉たちとまだ小学生だった和子を、母親は夫亡き後、さらに厳しく育てます。
そんな母親に反発するかのように、キリスト教への道を歩み始める和子でした。


~ 人物像をよむ ~

Birth Number・・・生まれ持った資質、性格、個性、生きる姿勢や才能、その人の潜在能力を表す
#14-5 「真の自由を求めて」


知性が高く、好奇心旺盛な冒険家、古いルールを破壊しリズミカルに変化を遂げます。常に新しい世界に飛び込んでいく勇気と行動力で、真の自由を模索していきます。
カルミックナンバー#14はAlchemyのナンバーであり、頭脳明晰、多分野における経験を積み痛みを伴いながら、真の自由とは外に求めるものでなく、内なる自由であることに気づいていきます。家族との協調、家や職などの余儀ない変化なども体験していきます。
また海外に縁のあるナンバーです。Challenge#(人生でチャレンジしたいこと)にも#14-5を持っています。留学経験のあるシスターは、アメリカでの5年間で経験した修道院の生活が、本当の意味でのクリスチャンとしての生き方を学ぶ機会となったといっています。

バースナンバー#5のバイブレーションを受けて、和子にとって大きな節目や出来事として現れているイヤーサイクル#5の年についても、イベントを追ってみていきます。

《誕生の時》
母が和子を身ごもったのが43歳、すでに兄2人姉1人を育て上げ、世間体ということもあり、母は出産を悩みましたが、父の「なんの恥ずかしいことがあるものか、産んでおけ」とう言葉で和子はこの世に生を受けました。父はその時54歳、孫のように和子をかわいがりました。一方で母にとっては必ずしも「欲しい子」ではなかったと後になって姉から聞かされた和子でしたが、それをまるで胎内で味わっていたかのように、他人より優れていないと生きていても申し訳ないという思いの裏返しで、競争心が強く負けず嫌い、仏頂面でいつも不機嫌な子どもでした。このころの和子は、#5のa‐matureの部分が出ていたようです。

《父の死》9歳 
#23-5 「家族」がテーマ

2月26日朝、30数名の陸軍青年将校たちが家にやってきて、43発もの銃弾で和子の父は惨殺されました。
この時、父の部屋に一緒にいた和子を、父はとっさに座卓の陰に隠しました。そして和子の目の前わずか1メートルのところで、父は銃殺されたのでした。
かくして和子は9歳にして仇を持つこととなり「許し」という重いテーマを背負うことになります。
またこの出来事をきっかけに家族、とりわけ母親との関係性の中で多くの葛藤を経験していきます。

《洗礼を受ける》18歳 
#23-5 「変化」の時

カトリックの中学校に進学するも信仰心を見いだせず、相変わらず他人に厳しく高慢で自己中心的な自分に対し自己嫌悪に陥っていた和子。母の大反対を押し切り、救いを求めるように洗礼を受けます。そして新しい自分を求め、キリスト教の勉強を始めます。当時を振り返り和子は、自分に欠けていたものは「柔軟」と「謙遜」だと言っています。
このどうにも行き詰った末の「変化」は、和子の人生に新しい風となり、#5のバイブレーションが巡りだしていきます。

《大学学長に就任》36歳 
#23-5 「柔軟性」を学ぶ

入会していた修道女会の命令で渡米。帰国後大学勤務を経て、異例の若さで岡山県のノートルダム清心女子大学の学長に任命されます。トップの地位にありながら、年齢では一番の若輩、また初めての日本人学長としての風当たりの強さと役割への葛藤で、耐えること、謙虚に生きることを教わりました。
#2の受容→#3の発展を経ることでどんなことにも対応し、#5内なる自分が柔軟であることを学んでいったのでしょう。
聖書より「重荷を負って苦労しているものは、みな私のもとに来なさい。私は柔軟であり謙遜であるから、私の軛を受け入れ、私の弟子になりなさい。」神は軛も荷も取り除いてはくださらない。しかし負いやすくしてくださる。そのためには、自分が柔和で謙虚にならなくてはならないのだということ。勝ち気でいつも一番を目指していた和子は、柔和と謙遜で一番になりなさいというメッセージとして受け止めたのでした。
また、大学で教壇に立つシスターの優しい語り口調の中に、時に厳しさを感じさせるのは、ご自身の経験から培った真理を伝えるためゆえの根っからの教育者としての姿なのでしょう。ここには#5の特徴である知性や話術の巧みさが発揮されています。
晩年は講演などで、「人生は思い通りにならない。どんな苦境にあっても、そこから逃げてはならない。境遇を選ぶことはできなくても、人にはそれに向き合う生き方を選ぶ【自由】がある」とお話になっています。
幼少期から、自分の意図しない出来事に取り巻かれていくドラマチックな体験から、シスター自身が手に入れた【真の自由とは】をうかがい知ることができます。


Soul Number・・・魂の欲求。普段意識しているよりも深い内的な願望で、本人も自覚していない場合もある。
#18-9  「母子関係を乗り越えて、本来の自分へ」


多くの経験を積むことで叡智を習得し、やがて人類愛、真理への道を歩む#9
TypeⅢBalance-8からも、多くの経験をすることで学びを得る人です。
和子は生涯独身でしたが、29歳の時、修道院に入会するため母を一人残し家を出ることを決意します。
それまでの7年間、和子は家の経済を支えるために働き、お給料は封を切らずに母に渡していました。そんな負い目もあってか母は入会については反対しませんでした。
入会の前日「結婚だけが女の幸せとは限らない」と呟いた母の言葉は、これまで女手一つで厳しく育てた娘に対し、そっと背中を押す言葉だったのかもしれません。
かくして修道女としての道を決意し入会する和子でしたが、その後すぐ渡米留学を命ぜられます。大学院にて博士号を取得するなどののち、5年後に帰国となりますが、赴任先は岡山。行く先々が初めての土地、思いがけない役職、未経験の事柄の連続に和子はだんだん自信喪失していきます。「誰もわかってくれない」「労ってくれない」「挨拶もしてくれない」と。

修道院を出ようかと思い詰めていたある日、一人の宣教師が短い英語の詩を渡してくれました。
【Bloom where God has planted you .置かれたところで咲きなさい 】
ベストセラーとなった本の題名にもなった言葉です。この言葉で和子は決心します。「咲くということは、仕方ないとあきらめることではなく、自分が笑顔で幸せに生き、周囲の人も幸せにすることによって、神があなたをお植えになったのは間違いではなかったと証明しよう」と。和子が自分の道、神の道を歩みだした瞬間でした。
#9はいろいろな経験、痛い思いを糧としていくことで自分の真の姿に気づいていき、その方向性は個を超えた全体意識へと向かい、やがてはすべてを受け入れ許す人類愛となる強いエネルギーを持っています。
和子のクリスチャン人生に大きく影響を与えたマザーテレサ、マザーのバースナンバーは#18-9、和子のソウルナンバーと同じです。神の子としてのマザーの醸し出す#9の波動が和子のSoulを呼び覚まし、より高みを目指すための気づきを示してくださったのでしょう。マザーを手本とし、和子もまた多くの辛い経験を乗り越え、神に導かれるように信仰を貫いた真の実践者でした。

Destiny Number・・・バースナンバーで与えられた才能や個性を仕事などでどう生かしていくか。人生における使命や目的、何を実現してゆくべきかを告げるナンバー。
#8「パワーコントロール」

 

秩序、権威、現実的、信頼などのキーワードを持つ#8。若くして大学学長というトップの座に就任し27年間の学園生活において、和子が大切にしてきたことがあります。
それは学生たちに、あなたたち一人一人を大事にしたいという思いを伝えること。
和子はこの思いを伝えるために「あなたはご大切な人なのですよ」という思いを込めて、毎日自ら学生たちに笑顔で挨拶し、毎年新しい生徒の名前を覚え、下の名前で呼ぶことを実践しました。お互いがお互いのおかげで生きていることを自覚しあうかけがえのない機会だと言っています。
権威ある立場にして、地道な努力を続け自我をコントロールする姿は、学生たちにも大きな影響力を及ぼし、まさに#8の内面からあふれ出る情熱とパワーで、学園での秩序と信頼を得ていきました。

Personality Number・・・第一印象、他者から見たその人の表面的人格を表す
#26-8  「良き相談相手(#2)、優しくて親身(#6)、パワフルでアピール上手(#8)」

デスティニーナンバーと同じ#8であることから、情熱とパワーあふれるシスターの印象は、仕事ぶりとも一貫し、周囲に大きな影響を及ぼす存在と言えます。またその男性的な強いパワーの中には、一人一人に対し親身になってくださる良き相談相手という女性的な優しさを秘めています。
また#8と相性の良い情報発信という点で、今でも生前のシスターの講話をYouTubeで聴くことができます。

Realization Number・・・今回の人生での可能性や実現性を示す
#13-4 「堅実に実践(#4)→創造と破壊を繰り返し常に学びを喚起させられる(#13)」

思わぬ異動や転職を余儀なくされてきた人生の中で、修道女という立場ゆえの様々な修練を積み重ね、その度に現れるエゴと向き合い、手放し、高みへと上がりながら、多くのカルマを清算されたことでしょう。
そしてマザーテレサのリアライゼイションナンバーも#13-4。目指すところが同じということも、やはり和子にとっては揺るがないメンター的存在だったと言えるのでしょう。




Stage Number・・・活躍の場
#7「宗教やスピリチュアル分野」

厳しい修道女の道を選び、内省し、ミッション系大学という専門性の高い現場で多くの学生たちを導いていった和子。マザーテレサのソウルナンバーも#7、ここでも影響を受けていたのでしょう。

Challenge Number・・・人生でこの事はチャレンジしようと決めてきたこと
#14-5「真の自由の追求」

バースナンバーと同じ。規律の厳しいキリスト教の道を通して、真の自由を手に入れていきました。

Nature Number・・・自然体の自分
#3「笑顔の人」

学生たちに毎日笑顔でのあいさつを心掛けていた和子、何気ない和子の笑顔は自然と人を和ませたことでしょう。

Action Number・・・行動パターン
#2「一人一人との調和」

Character#(行動特性)とともに#2であることからも、いつも一人一人と向き合い、目の前の相手をそのまま受容する和子の姿勢を表しています。

TypeⅡEmotion ・・・感情の現れ
#5「束縛と自由のはざまで激しくのたうち回るエネルギー」

バースナンバーが#5でもあり、「自由」に対しての感受性が強く表れます。

TypeⅡintelligence・・・知的才能、その役立て方
#1「インスピレーション、直観力」

和子のインスピレーションは日々の祈りを続けることで磨かれていったのかもしれません。
晩年はその心の気づきを綴った著書を数多く執筆しています。

TypeⅢBalance・・・資質のあり方
-8「後天的にたくさんの資質を経験によって得る」

その生まれも、父を惨殺されたことも、クリスチャンとしての道もすべてが必要な経験であり、その学びを生かしていく人生です。マザーテレサも同じバランス-8。



 

 

~ 人生の流れからよむ ~

*サイクル表 ・・・人生を3つのステージに分け、そのステージごとのテーマや環境、達成目標を表します。
Cycle Number そのステージでのテーマ・課題
Pinnacle Number そのステージにおける状況や環境
Challenge Number そのステージの達成目標

《YearCycle》・・・人生の節目となるイベントに着目して、その年その年におけるテーマや方向性を捉えます。

*1stステージ 0歳-31歳 
サイクル  #2 受容の学び(母との関係性)    
ピナクル  #13-4 修練の場    
チャレンジ #9 母子関係の克服
若年期の性質を表すChildhood#2であることからも、相手(母)あっての学び、母との調和、協調、受容がこの時期の重要なテーマとなりました。

《誕生》
1927年、父の駐在先だった北海道旭川市にて、4人兄姉の末っ子、次女として生まれる。

《小学校入学》6歳
#20-2

1933年、東京に移り成蹊小学校に入学。環境の変化を受け入れる年。 

《父の死》9歳 
#23-5

1936年、目の前で父を銃殺される(二・二六事件)。血の海に倒れた最愛の父の姿は一生目に焼き付き忘れられない光景だという。父の死によって家族の生活は一変する。母は今まで以上に和子に対し厳しくしつけるようになった。家族がテーマ、悲しく辛い変化の年となる。

《中学校入学》12歳
#17-8

1938年、浄土真宗の渡辺家でしたが、これからは英語が話せた方がいいという母の方針でミッション系の雙葉中学校・高校に入学。
友人には「和子さんは鬼みたい」と言われるほど、競争心が強く、負けず嫌いでした。エネルギッシュな年。

《洗礼の時》18歳 
#23-5

1945年、時代は第二次世界大戦真っただ中、何の希望もなくただ今日一日を食べて生きる毎日。高校時代は全く信仰心のない和子でしたが、クリスチャンである教師たちの姿にも影響を受け、このままではいけない、どうにかしたいという思い、母への反発も後押しして、戦火の中すがるように洗礼を受ける。一筋の光を求めて動き出した変化の年となった。
    
《大学院修士課程修了》27歳
#23-5

高校卒業後、聖心女子大学に進学、その後上智大学で文書作成のアルバイトをしながら、1954年上智大学大学院修士課程を修了。多才で、意欲的に多分野における知識を身につけていった年と言える。

《修道女会へ入会》29歳 
#25-7

大学院に通いながら家計のため7年間の社会人経験を経て1956年、ナミュール・ノートルダム修道女会に入会するために家を出る。世俗からの離脱、精神性への目覚めへのステージアップとなった年。

《米国留学へ》30歳
#17-8

入会後すぐ、修道院の命令で渡米を言い渡されボストンカレッジ大学院へ。
1957年は、前年までのイヤーサイクル#16-7周期から#17-8周期へと切り替わった年。この切り替わりの時には環境の変化や、自分らしく生きられるタイミングとなる。


*2ndステージ 32歳-40歳 
サイクル  #11-2 変化を受け入れ、現実社会での大きな事業に取り組み、真の理想に向かう     
ピナクル  #12-3 笑顔、表現の場 
チャレンジ #1 決断力、現状打破
米国生活や大学勤務など多種多様な変化を余儀なくされますが、すべてを受け入れすべてを学びとしていきます。

《大学教授に就任》35歳 
#22-4

1962年、米国ボストンカレッジ大学院にて哲学博士号を取得したのち、修道院の命令にて岡山県のノートルダム清心女子大学の大学教授に就任。変化を受け入れ、新しいステージに向かう年。

《大学学長に就任》36歳 
#23-5

1963年、更なる変化が訪れる。前任の同大学学長の急逝で、和子は36歳という異例の若さで日本人初となる大学学長に就任。その後27年にわたり教壇に立ち、学生の心を支え指導していくこととなる。


*3rdステージ  41歳-49歳 
サイクル   #11-2 現実社会での大きな事業に取り組み、真の理想に向かう 
ピナクル   #7 内省し、精神性への目覚めへ    
チャレンジ  #8 社会でのパワーバランスの調整
デスティニーナンバー#8組織でのトップ、大学学長という立場でありつつも、日々自分の心と向き合う祈りの場を聖地とし、社会でのパワーバランスを調整していく時期となります。


*4thステージ  50歳- 
サイクル   #19-10-1 人道的な道へ   
ピナクル   #21-12-3 表現、著述    
チャレンジ  #1 不要なものを手放し、新しいステップへ
意欲的に学園生活を送る中で、どんどん不要なものを手放していく時期です。
うつ病も発症しましたが、祈り、神との対話によって乗り越えていきました。
晩年は、執筆活動に力を入れ、日本中の多くの人々が和子の智慧に導かれることとなります。

《うつ病》50歳 
#19-10-1

1977年、前年の18周期の#27-9から19周期に切り変わった年。
うつ病を発症し、強制的に調整のかかった年。しかしこの時の和子の病気に対してのとらえ方は、物事にはすべて意味がある、神は乗り超えられない試練は与えない、それに耐える力をつけるため試練は与えられるのだとし、病気も有り難く両手でいただき、すべてを受け入れ御言葉に支えられて生きていくことを決意する。

《2桁から1桁のナンバーへ》60歳
59歳までずっと2桁のイヤーサイクルがつづく。
翌年1987年19周期の#28から、初めて1桁の2周期#2となる。
このころから、執筆活動にも力を入れていく。

《学長を退任》63歳
#5

1990年、27年にわたる学長としての任務を終える。
今まで何度も繰り返した#23の#5から、初めての1桁の#5を迎え、新しいステージに飛びだしていく年。
バースナンバー#5のバイブレーションによって強められ、和子には今までの枠を超えた軽やかな動きに感じられたことでしょう。

《カルカッタ訪問》69歳 
#11 

1996年、マザーテレサの活動するカルカッタを訪問したことで、「神性への道」を確信していく分岐点となった年。
翌年から3周期の#3へと切り替わり、ピナクルの#12-3と重なりそのバイブレーションを高めていく。

《晩年~》
#5(バースナンバー)の文才を生かし、ピナクル#3の活躍の場としても意欲的に執筆活動に取り組んでいきます。また講演活動を通して#8(デスティニーナンバー)の和子の経験と智慧を多くの人へと循環していきます。
そして和子のSoulが求めてきた「自分の内なる崇高な信念・信仰」を見出し、数奇な運命を背負ってきた和子でしたが「許す」とはどういうことかを実感する時が来ます。
あるTV番組の企画で、父の命を奪った二・二六事件の加害者と面会する機会がありました。悩んだ末、会うことを決めた和子。涙する父の仇を前にし、頭では許すことができていたと思っていたものの、和子の心と体は震えていました。
聖書より「汝の敵を愛せよ」ということを実行するとすれば、せめて相手の不幸を願わないこと、と和子は言います。「老後をお幸せにお過ごしになりますように」と祈ることが精いっぱいの、イエスさまのみ言葉を守ることだと。
人間は弱いもの。だからこそ、弱い誰かにも「私もそういう思いがありますよ」と言えるようになったそうです。

いくつになってもひたむきに自分の心と正直に向き合い、すべてを神様にゆだねる和子でした。





~リーディングを終えて~

私が和子シスターを知るきっかけとなったのは、マザーテレサのことを書いた著書の作者としてのシスターでした。
子どもの頃からマザーテレサの活動に感銘を受けていた私には、マザーをお慕いし少しでも近づきたいと日々実践されていたシスターの姿はひたむきでとても親しみが持てました。
今回のリーディングにあたって、真っ先にこの方にしようと思ったのは、実はマザーテレサでした。
マザーの資料を読んでいるうちに、私が大切にしている本には和子シスターの書いたものが多いことに気づき、すでに私の手元には10冊以上のシスターの著書がありました。
シスターのチャートを出してみると、私と同じバースナンバー#5(私はデスティニーも#5)、シスターのデスティニーとパーソナリティー#8は私のソウル#8。そしてなんとサイクル表の数字はすべて一致していました。
私は修道女としての和子シスターの#5「自由」とはどんな世界なのか、そしてシスターを通してマザーテレサに触れてみたいと思い、和子シスターのリーディングをさせていただくことにしました。
シスターの全著書に目を通すことができたことは、私にとってかけがえのない宝物の時間となりました。
私はクリスチャンでもなく、マザーやシスターのような敬虔な祈りは捧げられませんが、いつも胸にはマザーのある言葉を大切に持っています。
それはマザーが日本に訪れた際、講演会での質問で「世界平和のためにできることは?」に対し、お答えになったお言葉「家に帰って家族を愛してあげてください」
世界の悲惨なニュースに胸を痛めつつ、3人の子育てに自分を見失っていたころ、目が覚めるようにハッとさせられた言葉でした。
今日も私は目の前の人に感謝し、小さなことにも大きな愛をこめて過ごしたいと思っています。
最後に、マザーについてシスターが書いた一冊の著書の巻末に寄せられたある神学者の祈りを紹介させてください。
「主よ、変えられないものを受け入れる心の静けさと、変えられるものを変える勇気と、その両者を見分ける叡智を我に給え」
変えられるものを変える自由が与えられている。必要なのは勇気であった。
変えられないと判断したときは、主体的にその事実を受け容れる自由も与えられている。必要なのは心の静けさである。

「自由」はすでに私の中にある。               
   

 

 

 

Reported by 
AEONS Numerology Basic the 13th Class
Takae @ Keio-Inokashira Class