樹木希林

旧姓:中谷 啓子 Nakatani Keiko

生年月日:1943年1月15日(74歳)

職業:女優

 

 

目立つ存在感と個性的なキャラが若い人にも人気の樹木希林さん。

自然な生き方、「希林節」と呼ばれる発言が愛おしい。

なんだか名前に「キ」が多くて、キラキラしているイメージですが

いったいどんな人なんでしょう。

 

 

Birth #15-6 ~『深層意識』生まれ持った資質、性格、個性~

 愛と調和、真善美。本質を理解する。

 深い思いやり、平和で穏やか。責任感が強く誠実。家庭的な愛、無条件の愛。

 何者をも受け入れる心の広さを持ち、美しいもの、綺麗なものを見る目が優れているので、芸術的な美的感覚を持つ。

 芸事に秀でた父を持ち、母が生活を支え、異父兄姉がいるという複雑な親子関係の中で育ちました。

 献身的に家族に愛を捧げ、家族との関わりが己の苦しみを光に変えていくということを母の姿から学びます。

 母について「女が家でも社会でも土台。女がしっかりと土台にならなければ、始まらないのです」

 

 カルミックNo. #15 ユーモアを持って生きていく。人生はゲーム。常にプラティカルに楽しむ。理想主義と独立。

 まさに希林さんをそのまま表しています。

 

Destiny #5 ~『表面意識』人生における使命や目的~

 家族、変化と自由、マルチ。

 好奇心旺盛で積極的に行動する。環境への適応力が高く、行動範囲がとても広い。

 経験が知恵となり、よりよくするためにチャレンジしていく。器用で多才な能力を持つ。

 高校在学中は、薬剤師を目指していたのですが、ケガで大学進学を断念。

 元々演劇部に所属していたこともあり、演劇研究所に入り、本格的な女優活動を始めます。

 20代の頃から老け役を苦労して演じることで、当たり役としました。その個性を活かし、

 そのコミカルな演技が見る人を笑いの世界へと導き、多くのドラマ、舞台、映画に出演する人気者となっています。

 

 流行や新しい情報に敏感。

 今では和服のイメージが強い希林さんですが、若い頃はとてもお洒落だったそうです。

 

 

Soule #5 ~『魂の欲求』一番大切な価値観、優先したいこと~

 家族、自由、変化。

 内田裕也さんとのスピード再婚は、情熱的で奔放な#5の資質そのもの。

 若い頃からずっと内田さんに苦労させられていた希林さんは、娘さんのために離婚しなかったようです。

 希林さんは、内田さんという相反するものを受け入れることで変化の波を起こし、

 家族の中での経験を智慧に変え、内面の成長をしているのでしょう。

 内田さんについて「ああいう御しがたい存在は自分を映す鏡になる」、

 「夫とは離婚しようとは思いません。あの人といることが私の修行だと思っているので」

 

Nature #5 ~素の自分~

 コアナンバー全てに#5が関係する希林さん。自由を楽しむピュアさを持ち、変化を好む、個性的。マルチ。

 独特の雰囲気があって幾つ歳を重ねても愛嬌が可愛いです。

 TypeⅡのEmotion ~情緒 感情の流れ~が#4なので、過激なところがあるが、明るく陽気。

 おしゃべりで人の涙や笑いを誘う。役者的。ということから、希林さんは女優になる流れだったのかと思います。

 

Personal #18-9 ~『社会的な仮面』気づかないうちに身につけてしまった第一印象、他者の目に映る表面的人格~

 恥ずかしがりや、繊細。

  子どもの頃は、友達がいなくて一人で遊び、人とはほとんど喋らなかったという希林さん。

 希林さんがテレビに出始めた時、周りの人は驚いたそうです。

 

 経験により得た智慧と奉仕への喜び。人に対する情が厚く、人間味に溢れる。正義感が強くて心が広い。

 カリスマ性があり、人々を圧倒させるものを持っている。

 華やかな授賞式という場所での突然ガンの公表は衝撃を与えました。

 何もそんな場所でそんな時に…という批判もありましたが、

 衝撃的な告白もさらりとジョークにかえて最後を締めくくるという大人の対応は、

 沢尻エリカさんがマスコミから追及されないようにする為だったそうです。

 

 他者を通じて自分を見ることで自分の本質、あり方に気づく。

 「自分にとって具体的に不本意なことをしてくる存在を先生として受け止める。

 受け止め方を変えることで、すばらしいものに見えてくる」

 

Realization #11-2 ~目指すもの~

 バランス、受容と協力。

  強さと弱さの両方を持ち常に分岐を試される。本来の自分へ向かう軌道修正。

 精神性への重きを置くことへの覚悟を問われる。<私はこう生きる>と誓うこと。

 それによりそぎ落としと状況の変化が始まる。

 

 自身の病がきっかけとなり芸能界を面白いと感じるようになった。

 「負の部分と、それを凌駕するだけの偉そうな部分がちょうどいいバランスになっている」

 「ありがたいというのは漢字で書くと“有難い” つまり難がある。人がなぜ生まれたかと言えば、

 いろんな難を受けながら成熟していくためなのではないでしょうか」

 

Stage #13-4 ~活躍する舞台~

  堅実さと責任。安定。

 生と死。頭の中で無意識に死を恐れているため、安定を求め、死を回避しようとする。

 恐れの根本を見て、恐くないことに気づき本来の自分になる。内面を変えることにより、外面も変わっていく。

 破壊と再⽣を繰り返す波乱万丈の⼈⽣の中で多くのことを経験しながら、常に自分を喚起し、

 現実社会で新しい基盤を創っていく。⽬に⾒える形で、世の中に伝え貢献していく。

 

 「一時は絶望しましたが、最近は慣れてきた。今後は、わが身の不自由さに付き合っていこうと思います」

 「がんに感謝よね。経験してなければろくに<死>に向き合わず、

 主人の内田さんのこともちゃんと理解しようと思わなかったかもしれない」

 

Challenge #10-1 ~この人生で挑戦する課題~

  焦点を定め、軽やかに次に行く準備。

 ピュアで元気で前に進む力がエネルギッシュ、人のため世のための動きに惹きつけられていく。

 <どう生きて生きたいか>今ここにある自分を見つめて自分の創造性を表現していく。

 

「今ある状況から、人は絶対変化できる。それをおもしろがるというところに、到達しなくちゃ」

 

Action #3 ~行動パターン~

  無邪気で素直、好奇心旺盛。愛を学ぶ。

 人を楽しませることに喜びを感じ、嫌なことがあっても、いつまでも根に持つこともない。

 精神的な喜びを人に与えることで、励まし、元気づける。

 

  「いくつになっても若々しく活き活きと生きるためには、ときめくことを忘れてはいけません」

 

History

 <0~30歳>

 1943年(0歳)  #24 東京都神保町に生まれる

 1961年(18歳) #24 文学座に入団。「悠木千帆」として女優活動をスタート

 1964年(21歳) #18 ドラマ『七人の孫』にレギュラー出演し、一躍人気を獲得。

                              俳優 岸田森と結婚

 1966年(23歳) #20 文学座を退団

 1968年(25歳) #22 俳優 岸田森と離婚

 1973年(30歳) #27 内田裕也と再婚

 

Cycle #1 ~環境や大きな流れ、向き合うテーマ~

Pinnacle #16-7 ~その時の状況やあり方~

Challenge #5 ~その時にチャレンジするテーマ~

 

 学びの時期。独りの世界にこもらずに新しい世界へ己を開放していく。

 自分の枠を外し、内面の自由を見つける。そのためには、自分の発想力や柔軟さを活かせる環境を見つける。

 その環境とは、希林さんには「女優」という仕事だったのではないでしょうか。

 私生活では、結婚、離婚、再婚と続き、家族がテーマとなっています。

 

 <31~39歳>

 1974年(31歳) #19 ドラマ『寺内貫太郎一家』

 1975年(32歳) #20 内田裕也と別居

 1976年(33歳) #21 長女 也哉子誕生

 1977年(34歳) #22 自身の芸名「悠木千帆」を番組内で競売にかけ、「樹木希林」に改名。

 1977年(34歳) #22, 1978年(35歳) #23 ドラマ『ムー』『ムー一族』で郷ひろみと共演し、デュエット曲が大ヒット

 1979年(36歳) #24 『ムー一族』の打ち上げパーティーで番組プロデューサー久世光彦の不倫を暴露

 1981年(38歳) #26 内田裕也が無断で提出した離婚届けの無効訴訟を起こし、勝訴

 

 Cycle #15-6

 Pinnacle #14-5

 Challenge #2

 

 良い部分、悪い部分両方を自分で受け入れ、調和、自己回帰。

 変化を取り入れ、自分の価値基準を変える。

 人が関わるステージ、そこで深い学びがあり苦しみと楽しみを経験する。

 

 芸能生活をやりたくてやっていた訳ではないと語る希林さん。

 そして相反する性格の内田さんとの生活することで変化を求め、

 それらを受け入れることで感じた痛みを成長の糧とし、エネルギーを上げていきます。

 長女が誕生。しかし、夫とは別居。離婚など家族問題に向き合った期間。

 関係者の間では公然の秘密だった久世さんの不倫を暴露したのは、

 真実を偽らない希林さんの正義感、久世さんへの情、

 優しさが周囲の見せかけの優しさに対しての反発となったからではないでしょうか。

 

 

 

 

 <4048>

 Cycle #15-6

 Pinnacle #12-3

 Challenge #2

 

 良い部分、悪い部分両方を自分で受け入れ、調和、自己回帰。

 仕事が楽しい時。ユーモアにより難しい問題も打破していく。

 誰かと協力し合うことでバランスをとる。

 持ち前の斬新さやマルチを活かし、自分が光ることによって人を光らせる。

 自分の感情を誠実に表現し、内的エネルギーを開放。

 

 この時期、生まれた時から#20番台だったYear Cycleが1桁になり、

 受動的で自分の力ではどうにもならなかった時代が終わりました。

 ピップエレキバンのCMでは横矢ピップフジモト会長と。フジカラーのCMでは岸本加世子さんと。

 いずれもそのやりとりが話題となり、長い期間お茶の間を楽しませてくれました。

 アドリブとも思えるような軽快さは希林さん本人が楽しんでやっているように見えました。

 

<49歳以降>

 2002年(59歳) #11 女性CMタレント好感度1位に輝く

 2003年(60歳) #12 網膜剥離で左目を失明

 2004年(61歳) #4   左目の失明を公表

 2005年(62歳) #5   乳癌が判明し、摘出手術を受ける

 2008年(64歳) #7   癌が再発

 2013年(70歳) #13 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、2度目の受賞。

                            その受賞スピーチにおいて全身がんであることを告白

 2014年(71歳) #14 がん治療終了宣言

 

Cycle #17-8

Pinnacle #18-9

Challenge #7

 

  超えなくてはならないエネルギーが高い。体と心と向き合う時期。

 今までやってきたことは精神的向上のためであり、目的ではないことを知る。

 目に見えないもの、内面の豊かさの本質をみつめ、人々に広め世の中を循環させていく。

 今年は、Year Cycle 5周期8Cycle

 あらゆる欲をやり尽くし、後はその経験をアウトプットしていくだけです。

 

  がん治療終了宣言は、がんが治ったという宣言ではないそうです。

 あくまでも治療がいったん終了したということだそうです。

  「無理しているわけではない。死ぬ死ぬ詐欺みたいだけどね」と自虐的に語り、

 笑いを誘う希林さんからは、悲壮感が感じられません。

 すでに自分の中でしっかりと病気と向き合う覚悟ができているのでしょう。

 どこまでいってもユーモアを忘れず、治療も仕事も自分が信じたとおりに潔く突き進む。

 「病院よりはうちのほうがいい。孫の声が聞こえるところで死にたい」  

 自由に勝手きままに生きているようにみえて、やはり人への思いやりがとても深い性格。

 誰からも愛され、家族にも夫にも愛されているのでしょう。 

 現在は内田さんともたまに会い、家族旅行にも行っているそうです。

 

 

☆まとめ

 今回、卒業レポートに取り組むにあたり、樹木希林さんの名前が1番最初に出てきました。

子どもの頃、初めてテレビで観た希林さんは、すでにお婆ちゃん。

私の頭の中では今日までずっと元気なお婆ちゃんの姿のままです。

個性的な女優さんという印象くらいしかなく、とくに好きな女優さんというわけでもなく、

なぜ出てきたのか不思議でしたが、なるほど共通のテーマがありました。

希林さんは#5の人であり、私も#5の人なのでした。

今回の学びで自分の課題が家族や自由というのは、わかったのですがそれがなかなか自分の中に入らずに、

どうしても頭でぐるぐる考えてしまっている状況でした。そんな時に希林さんに関わることで、

まるで希林さんがそんな私を導いているような感覚になり、

希林さんの座右の銘「行き当たりばったり」が「~しなければならない」という

私の呪縛からすこし肩の力を抜いてくれました。

はっきりとは言葉で表現はできないのですが、なんだか元気で明るいパワーをもらったような感じです。

覚悟を持ち、自分の軸を決めることの重要性、またそうした人の強さ、魅力を知りました。

希林さんを知ることで私には新たな変化が生まれました。

今後の希林さんが人生をどこまで深く深化させていくのか楽しみです。

 

Reported by

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