瀬戸内寂聴   三谷晴美   1922年5月15日生

        小説家 天台宗の尼僧 京都府在住

 

誕生数・・・Birth(Root) Number

<生まれもった特質 本来の姿>      #7  (16)

心理への探求心 精神性への目覚め 本来の自分を内省 世俗からの離脱

カルミックナンバー 16    真理の探求

多くの体験や事態に遭遇し何度も価値観を変え、真理とは何かを探求し続けていく。人生の途中から運命的な絆に吸い寄せられているかのように神秘的な方向へ向かう。

 

自身を開放するための出家ということではないでしょうか。

 

1973年 51歳  Year Cycle #22 (慈悲の心)  今春聴(今東光)大僧正を師僧として岩手県中尊寺にて天台宗で得度。

恋愛に疲れ出家したと言われていますが、罪滅ぼしの意味もあったのでは・・。

寂聴さんにとって、このことは改革の人生を送っていくのに相応しい時期に

自らの探究したものをアウトプットするための出家という道だと感じます。

たくさんの恋愛経験、戦争の時代に生きた体験を通し、博愛精神の元での

私利私欲を捨てた決断ではなかったのでしょうか。

 

日本のどこかに天災の被災があると、有り金をかき集め1人でも被災地へ行くということです。話を聞き一緒に泣くということしかできないと言われていますがそれが寂聴さんのまさに本来の姿なのでしょう。

 

 

運命数・・・Destiny Number

 

<人生における使命や目的>      #1   (10)

情熱 神の意識 大胆不敵 オリジナリティ 天からのギフト

 

カルミックナンバー   10   再誕生      

人生のある時期に全く別の道へ変化する場合が多くみられる。前世でやり残したカルマや目的を果たすためのナンバー。人道的な目的や人に癒しを与える方向へ向かうことが多くみられる。

恵まれた環境で育ち苦労の少ない幸福な人生を与えられる。

 

とあるが小学校入学の時にランドセルを買ってもらえなかったと後のエッセイで記されていました。その代りお母さま手作りの美しい花の刺繍のついた手提げ袋で通学していたそうです。ほかの子がランドセルをもっていることに少なからずうらやましさを感じていたのです。そして、この平和といわれている現在でもランドセルが買えずにいる子供がいることを疑問に感じています。

のちに嫁入り道具として持たされた着物は売れば母子2人なら2年は暮らせる

ということなのでその頃は恵まれていたのでしょう。

 

岩手県 天台寺  徳島 ナルトサンガ  京都 寂庵での法話の会も多くの

人が訪れていたそうです。抽選で10倍の難関をくぐり抜けて参加というのも

人気がうかがえます。

それは陽気で寛容でピュアな心での法話は人々の心を癒し励ますからだと思います。

2011年出版89歳Year Cycle #6 (無条件の愛 調和)

 「生ききる。」という東日本大震災後の日本人がこの難局を乗り越え、希望を見いだすために、宮城県出身の哲学者 梅原猛さんとの対談を記した本の印税はすべて被災地に寄付したそうです。

 

第73世天台寺住職として晋山 1986年5月5日64歳 #8 (繁栄 契約)

偶然にも町長と教育長が京都寂庵に住職になってほしいとのお願いに来た日が

得度記念日の11月14日。そのことでご縁を感じたそうです。

5月15日65歳 #9 (完成)次の光へ輝き出しました。

寂聴さんらしくがここから始まりました。

人々に癒しを与える生き方です。

 

ソウル数・・・Soul Number

 

<一番大切な価値観、優先したいこと、心の声>  # 5

 

自由 破壊(自由のための)冒険 刺激 情熱的で奔放 恋愛遍歴 官能

 

1947年25歳 Year Cycle#23<5>(変化と自由) 夫の教え子と不倫関係になり、夫と3歳の娘を残して家を出た。原因は夫による家庭内暴力もあったようです。そして9歳年上の夫を頼りないとも感じるようになったこともあるようです。

ここから寂聴さん(この頃は晴美さん)の恋愛遍歴の始まりです。

 

子供を置いて家を出たことは、95歳の今でも悪かったと思っていると語っています。今は子供、孫、ひ孫とも交流があるそうです。

 

心の声のままに生きていることで一夫一婦制は無理とか

「本当の恋の醍醐味は不倫ですよ」という発言もあります。

子宮作家とよばれていたのも、このようなことからと納得できます。

自由ですね。

寂聴さんの奔放な生き方に批判をする方もいるでしょう。でも、それをしっかりと受け止めながらの寂聴さんの発する言葉には様々な経験や生きてきた歴史があります。

 

 

人格数・・・Personality Number

 

<社会的な仮面、第一印象、他者に映る表面的人格> # 5

如才なく予想不可能 なんだか魅力的

 

一か月しか命がないと産まれた時言われ、お七夜にも名前もなく皮膚の弱い子供だったそうです。軟膏と包帯に埋もれていて、自分が人より醜いという気後れがあったようです。これはすりこまれた記憶かもしれませんね。

 

本当に如才なく予測不可能な出来事がありました。

1927年5歳 Year Cycle # 21 < 3 > (インスピレーションによる視野の広がり) 幼稚園へは送迎する人手がないから翌年から入園の予定をしていたのですが、一人で通えばいいのだと思ったようです。そして自ら幼稚園へ出向き通うことができるようにしたそうです。

このことを機に思いがけない成功から自分の力を試した結果となり、自分の言動が人に与える反応をはっきりと受け止めるようになったそうです。

 

このことが今の寂聴さんの様々な自信をもって発せられる言葉となっているようです。

 

またこのような出来事もありました。

1942年20歳 Year Cycle #18<9> (ゆらされる、理性の混乱)

結婚前に奇妙な予測もできないような行動をしています。

何の前ぶれもなく40日間の断食寮に飛び込むという行動。これは貧乏な学究の妻となるには脆弱すぎると判断し雑誌で知り直観的に即断したそうです。

自分の血が入れ替わったような新鮮さを感じ、婚約者からは自分への愛の証と受け取った感謝の手紙をもらったとの事でした。

精神性の学びともいえそうです。

 

寂聴さんの本の中での一文に「幼い頃無意識のうちに心のひだの中に奥深くたたみこまれてしまっている無数の記憶」これは数秘でいうPersonalityと重なっているように思えます。

 

 

 

実現数・・・Realization

<人生での可能性や実現性>          # 8

自分のエネルギーを出し切る 現実的 受容性と強さ 強いパワー 行動力

 

1987年65歳 Year Cycle #9(崇高さ)天台寺の住職につく。

2005年83歳 Year Cycle  #9(次の光へ)住職を引退後は悩める人々へ救いの手を差し伸べています。

特に犯罪者の方とも積極的に交流し、相談にも耳を傾けています。

中でも有名なのは麻薬の常習犯であった萩原健一さんとは積極的に交流をはかり更正に力を注いでいたといいます。

 

これは、Realization #8がもつ要素、受容性の強さです。

83歳 Year Cycle #9というのも興味深いです。

受容をし、知恵と奉仕という今までの人生で得たことをアウトプットしています。

 

残念ですが罪を犯してしまったおそらく誰もがそのことで悩み、生きなおすことへの不安や恐れを感じていることでしょう。

寂聴さんの何とも柔和な雰囲気と笑顔によって恐怖心をも和らげていると思います。その笑顔は宇宙をも動かすのではないかと感じます。

無限を示す天体の螺旋運動レミニスケートを現わす#8の役割です。

 

寂聴さんは宇宙の理に逆らわず生きているのです。

 

 

 

活躍する舞台・・・Stage   #8  <受容性の強さ・実行力>

         戦争や原発への反対運動をしている。反権威主義。

         政府が好ましくないと思うだろうことも発言できる。

         それは、これからの時代の数少ない戦争経験者である

         からこその言葉ではないのでしょうか。

 

         #8は「力」を多角的に放射する意があります。

         作家としてご活躍されているのが相応しい舞台なのです。

 

課題・挑戦・・・Challenge   #7   <宗教やスピリチュアル分野>

         出家したこと。

         年齢をかさねているからか充分に数の意味のままの生き方 

         をしているように思われます。

         ご自分の生きる道を知って生きているようです。         

 

素の自分・・・Nature   #6   <愛・平和・調和・智慧>

        本来の姿。

        世界の平和を心から願っている。

        自分だけの幸福ではない、地球的・宇宙的平和への希望。

 

        「生きることは恋と革命」と表現しています。これは若者に

        自由に思うように生きてほしいという思いも込めているので

        す。本当の愛を知ってほしいのです。  

        たくさんの経験や人々の辛い身の上話を知るうちに

        自分の本当の姿を生きることができるようになったのでは

        ないでしょうか。

 

TypeⅡ

Growth(魂の成長~何かを成長させる力) #5

経験する喜びに目覚める 自由を内面に見いだす

      数々の経験値の豊富さはこのことからです。

Emotion(情緒・感情の表れ) #6

真実の愛に至る ノンジャッジ

      尼僧への道を選んだこと。

 

 

 

 

Cycle Numbers・・・環境や大きな流れ 向き合うテーマ

 

0歳~29歳 #5(変化と自由 海外)

       結婚・中国へ赴任した夫と中国へ・出産・不倫・離婚

 

30歳~47歳 #6(本質の理解・自己回帰)

       小説を書くことを通して自らの体験を語る

 

48歳~    #5(訓練・マルチ・経験を伝える)

       出家・法話の会

 

 

 

            

 

Pinnacle Number・・・その時の状況やあり方

 

0歳~29歳 #2<20>(女性性・受容)

       結婚・出産・戦争を体験しより一層女性性がかもしだされた。

 

30歳~38歳 #2<11>(急速な変容)<ゆらされる>

        作家デビュー・男性遍歴

 

39歳~47歳 #4<13>(リフレーム・慈悲の心)<修練>

        過去の行いを軌道修正するために小説をかく。

 

48歳~    #1<19・10>(新生・決断)<普遍の真理を学ぶ・人道

         的な目的>  スピリチュアルホール

         尼僧としての生活。引退後も法話の会などを通して

         人々に癒しを与えている。

 

Challenge Number・・・挑戦する課題や遭遇するトラブル

 

0歳~29歳 #1(種まき)

       様々な経験を通して現状打破

 

30歳~38歳 #1(新しさへの開拓)

        文筆活動

 

39歳~47歳 #9(心の声をきく)

        小説を書くことで内面を知る

 

48歳~    #9(完結・次の光)出家

 

        

 

 

<人生の年表>

History   寂聴さんの歩んできた人生

 

1922年5月15日 徳島県徳島市 仏壇店の次女として生まれる

 

1927年 5歳 #21-3  (創造・視野の広がり)

      幼稚園に自ら出向き親に入園を許可してもらう

1943年 21歳 #19-1  (新生)

      お見合い結婚する

      夫の仕事の関係で北京へ

1944年 22歳 #20-2  (調整)

      長女出産

1946年 24歳 #22-4  (新しいステージへ)

      帰国

1947年 25歳 #23-5  (変化)

      不倫の末夫と子供を残して家を出る

1950年 28歳 #17-8  (軌道修正)

      正式に離婚、東京で小説家を目指す

1956年 34歳 #23-5  (変化)

      作家デビュー

1959年 37歳 #26-8  (繁栄)

      同人誌に連載を開始

1963年 41歳 #21-3  (創造力開花・表現)

      自らの不倫の恋愛体験を描いた小説「夏の終わり」で女流文学賞

      受賞

 

 

2013年 映画 夏の終わりより

 

1973年 51歳 #22-4  (夢の実現)

      今春聴(今東光)大僧正を師僧として、岩手県平泉 中尊寺にて

      天台宗で得度。法名を寂聴とする

      寂とは・・・煩悩の炎を静めた状態。静かという意味

      (修道女を志すも乳児を残して男性のもとへ、という過去の行状

       から教会から拒否され、多くの寺院をあたったそうです)

1974年 52歳 #23-5  (変化)

      滋賀県大津市と京都府京都市にまたがる比叡山行院で60日間の

      行を経て、京都嵯峨野で寂庵と名付けた庵に居を構える

1986年 64歳 #8   (繁栄・契約)

      第73世天台寺住職として晋山。(資料によっては65歳

      となっていますが、5月5日のことなので誕生日直前のことです)

      戸籍もこのとき瀬戸内寂庵と改名

1991年 69歳 #4  (安定・慈悲のこころ・感情と論理の調和)

      「寂聴般若心経」を1年で43万部の売り上げベストセラー。

      湾岸戦争の停戦を祈り7日間の断食。

1992年 70歳 #5 (変化・収入アップ)

      「花に問え」で谷崎潤一郎賞を受賞

1996年~1998年 74歳~76歳 #9・10・11 新しさへ・心の声を聴く   「源氏物語」執筆

2007年 85歳 #11 (さらなる内面への探求)

       講演で加齢黄斑変性のため右目の大部分が見えないことを

       あかす

2008年 86歳 #12-3 (創造・表現)

       ケータイ小説へ進出 ペンネーム「ぱーぷる」(紫式部から)

2010年 88歳 #5 (変化・ボディの数)

       脊椎を圧迫骨折 寝たきりの生活をおくるもその後復帰

2012年 90歳 #7 (開放)

       脱原発を求める市民団体とハンガーストライキに参加

2014年 92歳 #9 (変容)

       胆のうがんのため 寝たきりの生活を送る

2016年 94歳 #11 (霊性・受容)

      日弁連が開催した死刑制度に反対するシンポジウムでの発言で

      犯罪被害者から批判を受ける。誤解をされ受け取られてしまった。

      しかしそれは、国家や現政府に対する言葉であった

      

      心臓手術

      

      天台寺住職就任30周年を迎える

 

 

最後に

寂聴さんは奔放な人生だったかもしれないですが、その時その時で精一杯生きてこられたことが今回わかりました。

夫、子供を捨て不倫相手の元へ走った作家とだけがクローズアップされてしまいます。

 

戦争を体験し、たくさんつらい経験をし、そして様々な身の上話を聞いてきました。

同じ時代同じ地球に生を受けたすべての人が、食べられ、学校へ行き、幸せな結婚ができる。そして自分の国がいいから、難民は嫌だなんて言っていられないと書かれています。戦争反対・原発不要、声にだすことが必要なのですね。

 

まさに行動力はDestinyの#1のエネルギー

そして長い時間をかけて自分の人生と精神を解き放したのはBirthの#7

自由にそして大胆にいきているのはSoul・Personalityの#5

実行力・革命的なRealizationの#8

 

しっかりと自分の今世での役割を知り尽くしているのではないでしょうか。

 

若い世代の人の考えも受け入れる心、素敵だなと思います。

57歳までをYear Cycleを2桁で生きてきた寂聴さんはどれだけのことを受容されて生きてこられたのでしょうか。ひとつひとつあふれ出る言葉でそれを表現されています。

 

名言のひとつで「自由にいきるとは、心のこだわりをなくすことです。

自分の心を見つめて、ひとつでもふたつでもそこに凝り固まっているこだわりをほぐしていくことが大切です。」

 

数秘の勉強をしてきて私の大きな課題であったであろう「こだわり」それはエゴ、自我を解き放つことでした。

 

寂聴さんにもそのことを気付かせてもらいました。

 

今まで私が生きてきた姿を俯瞰して感じることも少しずつできるようになってきました。無理してなかった?疲れたでしょ?本当の自分が解り始めたのだから殻を脱いでいいよと教えてもらったような気がしました。

 

家族、友人達、私に縁のある人達、そして世界中の人達の幸福を願っています。心からそう言える人になろう。エゴを手放して、私らしく。

 

Reported by

AEONS Numerology Basic the 12th class

Rumiko  at Kawagoe class