E.YAZAWA

 

 

 

 

 オレは役を与えられた

  

    

矢沢 永吉  別名 E.YAZAWA  永ちゃん ボス

1949年9月14日生まれ (67歳)

広島県広島市南区仁保出身 血液型 B型

ロックミュージシャン

 

 

母親は3歳の時、夫と息子を捨て蒸発。

広島で被爆した父親とは、小学校2年の時に死別。

この為、幼少期は親戚中をたらい回しにされ、

その後父方の祖母に育てられ、極貧の少年時代を過ごした。

この頃、近所の裕福な家の子供に”お前の家は貧乏でケーキなんか

買えないだろう!”とケーキを顔に投げつけられるなどのいじめを体験した。

このような経験が積み重なり、”BIGになる”との思いが芽生えたと語っている。

ドラマチックな人生を与えられた始まりだった。

 

 

国民的ロックスター 矢沢永吉 

かつて、全国の暴走族から熱狂的な支持をうけ、

還暦を過ぎた今なおロックをし続ける男は同時に 

[秒速で稼ぐ男]の元祖でもある。

自らの奇想天外な人生を基に数多くの名言も残している。

 

65歳を過ぎても、第一線で活躍し続ける、生ける伝説カリスマ。

超大物ヤンキー 

矢沢永吉の強烈すぎるエピソードを数秘術で紐解いていきましょう。

 

 

 

[誕生数] 19-10-1

  生まれ持った 資質 性格 個性 ・ 生きる姿勢や才能 その人の潜在能力

 

19とは、カルミックナンバーで、家族や自分の殻から抜け出ようともがく。

テーマは、権力や力の誤用を修正することで、激動の変化をくぐりつつ、

真の力の在り方を普遍の真理を学ぶことによって、

自立し、本当の意味での自信と威厳を現実社会で確立していく事を学ぶ。

 

矢沢は、子供の頃の屈辱は忘れないと言う。

辛かった幼少期、家族や自分の殻から抜け出したかったのだろう。

そして、全てを受け入れる真の強さを持つようになっていく。

ある、エピソードがある。

 

1970年代に事務所やレコード会社の重役に

[我々の言うことに従っていればいいんだ!]

と言われて永ちゃんが返した言葉が、

[お前がどんだけ良い大学入って、どんだけ良い会社に就職して、

家庭も何もかも犠牲にして寝る間を惜しんで働いたところで…

お前が一生かかって稼ぐカネ、矢沢の2秒!…]だった。

 

自己主張の強い矢沢には敵も多かった。

負けん気の強い矢沢はいつか自分が勝ってやる!と心に誓う。

まさに権力や力の誤用を修正しようという気持ちだったのでは…

 

1の持つピュアな心もあり、故郷 広島について、

[広島は良い町だが、俺にとっては捨てた町]と自立発言しているが、

気取りながらも郷土愛を全面にだす慈しみがあった。

 

そして、さらにリーダー気質。自信家で野心家、大胆不敵そのものだった。

アルバイトで貯めた5万円を持って、広島から最終の夜行列車で上京する。

横浜駅で途中下車し、働きながらバンド活動を始めるなど、

行動そのものが突発的で大胆不敵だった。

そこから、リーダー気質のある矢沢はロックバンド、

ヤマトとキャロルを結成している。

 

後に結成したキャロルだが、当時は、歌謡曲とフォークが中心で、

ロックバンドが商業的に受け入られなかった音楽界に

突如として現れ人気を博し、革命的であった。

後の日本のロックシーンに大きな影響を与えた。

他にもライブミュージシャンの先駆者でもあり、

音楽業界の常識を破る試みだったが、リーダーシップを発揮し、

ステージセットの刷新や音響環境の改善。

ミュージシャンらしい視点を取り入れたライブは、

日本の音楽シーンに大きなインパクトを与えた。

1の持つ着火剤のような役割をしている。

何事においても[俺が先に行くからついてこい!]と言わんばかりの

自信と威厳であった。

 

 

[運命数] 14-5

  人生における使命や目的。何を実現していくべきか。

 

14はカルミックナンバーで、衝動的な欲求を克服すること。

家族との協調、家や職の余儀ない変化や危険思想などの体験によって、

真の建設的な自由とは何か?を学ぶ事になる。

そして、5の持つ自由になる為の破壊。

キャロル解散時、演出の為に使用した爆竹が雨で湿って、

その火花が舞台セットに燃え移り、ステージが炎上。

メンバーは楽器を失うだけではなく、多くの借金を抱えるというアクシデントの中、

キャロル解散。

 

その後、ソロデビュー

常に、矢沢には、変化や刺激、敢えて不安定になる体験を重ねている。

他にも様々な事件があったが、基礎に音楽があり、経験は全て彼の肥やしになり、

新しいものが生まれていく。

 

海外ナンバーでもある14-5は、海外市場に活路を求め、

アメリカ西海岸に活動の拠点を移し、アルバムを世界全米で発売する。

海外レコーディングの先駆けでもあった。

柔軟性を持ち、自由になる為に変化し続けた。

5のナンバーは、マルチな才能もあり、

自伝本[成り上がり]は100万部を超えるベストセラーとなる。

他にも映画出演など活躍の場は留まらない。

 

※余儀ない変化や危険思想などの体験

 

何よりも大きな事件として、平成10年オーストラリアで土地取引を巡り、

事務所元側近による34億円という巨額の横領事件が起こる。

これはオーストラリア犯罪史上2番目の被害額である。

さすがにこの時は、[俺はもうだめだと思った]と言う。

これでもか!と学びを得て勝ち続けなくてはと諦めずに戦い続けた。

15年近くかけて返済している。

じっくりと経験を積む訓練によって本当の自由は内面にあるものだと見つけたのだ。

 

 

[ソウル数] 8

  心の欲求 一番大切な価値観 優先したいこと。

 

8は、パワフルで組織力がある。負けず嫌いでど根性。実行力、行動力を伴う

社会でバリバリ働く、仕事の出来る人そのもので、才能を見せていた。

音楽著作権とグッズ販売等に関わるマーチャンダイズ権といえば

今の音楽界では、ビジネス的成功を左右する重要なキーワード。

矢沢は著作権ビジネスの先駆者だった。

コンサート時の定番商品である YAZAWAタオルに代表される

ファン向けグッズ販売で大成功を収めている。

YAZAWAブランドが派生する様々な権利を一手に管理することで

安定した収入を得てきた。

ビジネス、カリスマ矢沢永吉の動向に注目を置かれていた。

最近の稼ぎ方もすごく、主にコンサート収入だが、

原盤権と商標権なども大きな収入源だ。

1本、1億円といわれるCMでもサントリーやイーモバイルなどがある。

その結果として、2004年には15億円のスタジオ。

最近では15億円の豪邸を建てている。

子供の頃から絶対に金持ちになると、権力、力に対する執着が強かった。

しかし、矢沢は語っている。

 

「本当は銭じゃない。

俺にこんなに銭だって思わせた何かに腹がたっている!

何千億も持っていても使いみちはない。敢えて悲しいから言うんだ」と

ワンマンや勝者などの強いイメージがある矢沢だが、その反面臆病でもあった。

臆病さは素直な部分だといっている。

勇敢と無謀は違う。臆病とは緻密なものと背中合わせにある。

ゆえに己を知ることが出来る。

怖いからこそどうしたら防護できるのか考えている。素晴らしいことだと。

直感だけとか、無神経にがつがついくのではなく、

論理的な思考も持ち合わせていた。

それを現実社会に打ち出しより高い新しい可能性を開拓していくことだろう。

 

 

[人格数]  6

   親や環境からすりこまれた他者の目に移る表面的人格

 

6は、真 善 美 平和を愛しこの世界で実現する。

心からの真実は何か?調和とは何か?家庭から学ぶ。

 

見た目は尖っていて、クールなイメージがある矢沢だが

とても深いおもいやりがある。

幼少期、生活保護を受けながら育ててくれた祖母に対しての感謝の気持ちを

よく語っている。本当の思いやり。貧しくても唯一守ってくれた祖母。

矢沢にとってそこが原点だったのではないかと思われる。

自分の自立性も祖母から教わっている。

本当に気持ちいいことは、自分で稼いでその金で暮らすこと。

誰かの情けや義理やらをあてにしてもたれかかっていたら、

いつでも不安に脅かされることになると。

まずは、自分を愛せて、人を愛するということも、下から上まで観た矢沢には、

そこまでに伴う気持ちとか、周りを思いやる気持ちが背中合わせにある

という事に気づいた。

 

 

[リアライゼーション]  6

  今回での人生での可能性や実現性

 

エピソードの中に、ディズニーシンフォニーの最後の噴水が終わった後に

サプライズゲストとして永ちゃんが登場

ディズニーの名曲「星に願いを」を熱唱

後日、ディズニー側はギャラの話をするために永ちゃんの事務所を訪れると

永ちゃんはこういった。

 

「ギャラは受け取れないよ。だって、世界でまだ誰もやったことがない。

俺にしかできないことをやらせてくれたんでしょ」と。

この時、永ちゃんは歌う事によって、今迄の思いが浄化されたのではないだろうか。

この時期はcycleが10の時だった。

10は感性と直感で他業種とのコラボをもたらし、感動を与えた。

常に世界を基準に平和を愛し、奉仕の精神があった。

今迄の事件や裏切り、辛い思い。

人生ってなんだ?と思った時に本来の基礎、音楽があった。

反骨精神から始まった人生。、物質ではない。

自らの心が豊かになることだと感じていたのだと思う。

 

 

[ステージ]5

   活躍する舞台

 

矢沢は常に新しい刺激を求めている。

海外に拠点をおきながらも自由に動いている。

形になったものがさらに外向きに活発化している。

 

[チャレンジ]7

   課題

 

これからは、精神性への目覚めを起こして本来の自分を内省し、

より深めていくことが課題になっていく事と思います。

 

 

 

 

 

∇ History

 

[サイクル]

 

1968年19歳 yearcycle  20-2

          高校卒業と同時に広島から上京する。

                    何かに導かれるように横浜で下車している

          芽吹きの時だったのだと思います。

 

 1971年22歳 yearcycle  23-5

             バンドを組み横浜のディスコのオーディションを受けたりと

             色々な人との交わりがある。                

                    その時に何かと世話を焼き助けてくれていたのが前妻である。

 

1972年23歳 yearcycle  24-6

                    キャロル結成 ジョニー大倉との出会い。

                   6は喜びでもあり、仲間とのぶつかりも多く、 チームワーク 

                    調和を学ぶ。

 

 

 

 

 

1975年26歳 yearcycle 27-9

                  キャロル解散 ソロデビュー 

                    完成の時期 不必要なものは手放し自己の信念を固め、

                    ソロとして才能を発揮していく。

 

1976年27歳 yearcycle 28-10-1

                  後に再婚するマリアとの出会い。10-1は良い出会いである。

                    しかし、この時期に山中湖の自宅の住所がファンとマスコミにばれて

                    家族がぐしゃぐしゃにされた。

                   マリアとは不倫関係で、後に、この時は家族に辛辣な思いをさせたと

                   語っている。

                   人道的に外れた結果が家族に向けられたのではないかと思われる。

 

1978年29歳 yearcycle 3

                   CMソング[時間よ止まれ]が大ヒット 

                     長者番付歌手部門で第一位を獲得

                   自叙伝[成り上がり]を出版。100万部を超えるベストセラー

                   一番の全盛期 3は表現力を楽しむ 

                     矢沢永吉をめいいっぱい表現している。

                     まさに、創造力の開花である。

 

1980年31歳 yearcycle 5

                     マネージャーの裏切り 学びからの訓練だった。

                   ワーナーパイオニアに移籍。アメリカでの活躍を視野に入れた。

                     変化からの自由。海外へと動き出す。

 

1981年32歳 yearcycle 6

                  単身渡米 アサイラムレコードと契約。

                    活動拠点をロサンゼルスに定める。

                    人間関係が拡大し、何かが観えてくる。

                    この頃、マリアと一緒にロサンゼルスに行っている。恋愛期でもある。

                    そして、一番光っている時代から仙人のようになった時代だ

                    とも言っている。 内面の強さを養う時期でもあった。

 

1985年36歳 yearcycle 10

               マリアが長女を出産。良い出会い。楽しい家族が出来る。

                   後に歌手になり、矢沢永吉とプレミアムモルツのCMで共演している。

 

1988年39歳 yearcycle 4

                東芝EMIに移籍。日本国内を重視した活動になる。  

                    アメリカでのプロモーションは不十分なものであり、

                    ワーナーへの不信感をつのらせ移籍。安定を求め、準備を始める。

 

1989年40歳 yearcycle 5

                前妻との協議離婚 5で出会い、5で離婚している。

                    ゆれ動きながらの離婚。経験を積む訓練である。

 

1998年49歳 yearcycle 5

               オーストラリアで直近の身内に横領された。被害総額、30億円以上。

                   信用していた仲間からの裏切り。

                   無くしてみて初めて金や物ではないと気付く。

                  金は取られても、他に無くしたものは何ひとつなかった。

                  心身ともに無事で歌も歌える。

                  物質はなくなっても気持ちは失っていない。

                   守られているとも感じた。家族の大切さも身にしみた。

                  破壊からの変化。 内面の自由を見つけた。

 

2016年67歳 yearcycle 14

               ベストリスペクトアーティスト

                (音楽シーンに貢献し、多大な影響を与えているアーティストに

                  授与される賞)を受賞している。

             今迄の音楽に対する安定の確立でもあり、

                 これからの音楽への器を広げていく時でもある。

 

 

 

 

まとめ

 

矢沢永吉をリーディングして感じた事は常に

外に向かい前進し、痛い経験を沢山している。

それを超客観的にあるがままに受け入れ精神的に成長している。

何よりも直感にも優れている。

それは、何事にも純粋にまっすぐに物事を見つめていることだと思う。

 

私も幼少期は母親一人で育てられました。

その為、親戚に預けられたりと寂しい思いをした経験があります。

思春期には、義父への嫌悪感などで反発し、ぐれた事もありました。

反発心を持ったまま成長し、もがけばもがくほど痛い経験をあじわい、

残ったものは虚しい気持ちだけでした。

信用できるのはお金だけなのかと思い孤独を感じてた時もあります。

2年前にずっと離れていた父が他界しました。

父がそばにいたら、今の私はいなかったのだろうと。

沢山の経験が出来たから今の私がいると感謝の気持ちがわきました。

そして、最後は笑顔を見せてくれました。

今、ここにいられる事の感謝。

惨めな思いはさせたくないと一人で父親代わりもしながら育ててくれた母。

辛い時もそばにいてくれて育ててくれた義父。何もかもに感謝が出来る事に感謝。

 

矢沢永吉から、自分を信じる事。ありのままを受け入れる勇気。

今、ここにいられることへの感謝。

物質(地位 名誉 金 力)ではない。

本当の自由は自分の中にあるのだと教えてもらった様な気がします。

 

 
 

 

Reported by

AEONS Numerology Basic the 12th class

Yukino at Megro class