ヤマトナデシコ七変化~小泉今日子というひと
Kyoko Koizumi
小泉今日子 1966年2月4日生まれ 51歳
私の青春時代は80年代アイドル全盛期でした。
今回その中から誰か一人をと思い、直感で小泉今日子さんが頭に思い浮かびました。
彼女と私は学年が同じで、
思春期の頃アイドルとして可愛らしくキラキラ輝いている彼女を、
TVの前でまぶしく見ていました。
そんな彼女が年を重ね、最近では昔のイメージをそんなに壊していいの?と
見ている方が心配になってしまうほどの言葉遣いが乱暴な鬼嫁やおばさん丸出しキャラを
躊躇する事なく見事に演じています。
アイドルから女優へ、どのような経緯で今に至るのか、
また同学年として今後どのように進んでいかれるのか、知りたくなりました。
誕生数 (深層意識) 19-10-1
独立して何かを確立するナンバー
1 (絶対) 独創性にすぐれ、次々と斬新な姿を見せてくれる小泉今日子さん。
自分がこうしたいと思ったら意志強く、自己主張し、行動し、どんどん開拓していく
。大胆不敵という言葉がぴったりかもしれません。
また明確な目標作りをし、それに向かって突き進んでいく行動力があります。
正統派アイドルだった彼女が、無断で松田聖子風の髪形を刈り上げにし、
衣装も独自の奇抜さで、「かわいい」から「かっこいい」へ。
ターゲットは若い男性という常識を覆し、同世代の女の子から絶対的な支持を得て、
新しいアイドル像を開拓し、一躍トップアイドルとなりました。
彼女はカルミックナンバー 19(力)と10(再誕生)を2つ持っています。
子供の頃に大好きな父親の会社が倒産し、夜逃げ同然の経験をしました。
3姉妹の末っ子ですが、中学の時は家庭の事情で父親と2人暮らし。
「私は、父とすごく馬が合うんです。私が中学生のころに家庭が崩壊して一家離散のようになって、父とふたりで暮らした時間があったんですけど、そのとき、
なんて自由で楽しいんだろうと思って」
楽しくも経済的に苦しかった家族生活、両親の別居と離婚。
その影響で金銭感覚がシビアになり、アイドルとして十分な収入を得るようになっても
不必要な出費はせず、そのため日常に生活する分にはお金に困ったことがないと
話しています。
アイドルとして彼女は明るくキュートな容姿で、天真爛漫な明るさを私達に届けてくれました。
運命数 (表面意識)10-1 運命数も誕生数と同じ10-1
10-1 は探検家でアーティストに多いナンバー、行動した人は導かれる。
アイドル時代のキョンキョンブランドは絶対的な存在。
その音楽中心の活動から、映画での女優業、そして怖くてなかなか足が向かなかった舞台も30代を機に持ち前の開拓精神で「舞台には私の知らない何かがあるに違いない、
コンサートや映画で感じたような何かがまだ来てない。
それが何かわからないから悔しいんです」と踏み込んで行きます。
女優は年を取るほど仕事は減っていくと言われていますが、彼女は違います。
「私は、むしろ女優は年の数だけ仕事が増えるんじゃないかって思ってるんですよ。
実際、若い頃って良識的なOLとか理想の娘とか
そんな役ばかりだった気がするんですけど
今ならお母さん役もキャリアウーマンもできるし、
ちょっと精神のバランスを崩した中年女性や、犯罪者の役だってできるじゃないですか。
まぁ、『踊る大捜査線』以来、30代のうちは、オカシイ役ばかりオファーがありました。
主婦にしてもお母さんにしても精神状態が普通じゃない人、
心に闇や危うさを抱えている人の役ばかり(笑)。
それはそれで楽しくて勉強にもなったし、キャリアを積んだことで私のキャラクターを
知ってもらえたからこそいただけた役だと思います。
最近では心優しい女性の役もいただけるようになりました(笑)。
やっぱり年を取ると役の幅が広がるような感じはします」ときっぱり。
そんな彼女でも
「若い頃から常に自分のことを疑ってるんですよ。
例えば、コマーシャルの撮影なんかでも、たとえ現場でOKをいただけても
”監督の言ったとおりにできたかな?”という疑いが常にあって、
その疑いは次の仕事でしか解消できない。
だからこそなにかチャレンジが必要だったのかもしれません」
と1の特徴、不安症の部分も冷静に見つめ行動しています。
その為か、彼女をCMで起用した商品は売れると言われ
1980年代後半から1990年代前半にかけて、数多くのCMに起用されました。
多方面で活躍する彼女はまさしくそのもの。
彼女は何度も転身をくり返し、つねに時代から求められる場所に身を置き、
ステップアップしていきます。
それは天性のものではなく
彼女の地道な努力によってもたらされたのだと思います。
ソウル数 (魂の欲求) 12-3
3 (発展) 特徴は生まれたての赤ちゃんのよう、明るい波動を持ち、華やか、
そしてマルチにいろんな事が出来、表現していく人。
歌や女優業の他にも仕事の合間に本をよく読んでいた彼女は、
読売新聞読書委員として書評を書く事になり、女性として人としてどう生きるか、
彼女の内面に引き付け、本の素晴らしさをわかりやすい語り口で、読者に伝えています。
彼女はType Ⅱで ずば抜けた集中力と深い洞察、文才のCreation 5を持っています。
彼女は、あらゆる表現法を惜しみなく使い、皆に精神的な喜びをシェアしたいと思っています。
豊かな表現力を持ち、好奇心旺盛でとにかく楽しんでやっているように見えましたが
1990年代後半以降、音楽活動に使う時間を減らした理由のひとつに
「”アイドルとして、歌手として常に面白い企画を”って考えることに
息切れしてしまったこともあるんです。
”もっと面白いこと、もっと面白いこと!”という、ある意味での悪ノリが加速しすぎて、
余裕がなくなっていたし、自分でもコントロールできなくなっちゃっていた部分もありました。」
と分析しています。
12は自分と意見の違う人と組んで、パターンを打破し、発展していく
コラボレーションナンバー。
彼女は2016年、所属事務所とは別に、意欲あるスタッフといろんな企画を集め実現したいと
舞台、映像、音楽、出版などを企画製作するプロジェクト「明後日」を立ち上げました
人格数 (他者から映る自分) 7 (飛躍)
独創性を発揮し、深い自己認識で洞察力、探究心にすぐれ、並外れた分析力と直観力で小泉今日子という洗練された個性を創造していると見られていると思います。
実現可能数 (目指すもの) 2 (相対)
2のミッションはイメージの世界で価値ある創造物を現実社会で具現化する事。
彼女はアーティスト小泉今日子としてセンス・感性を生かし、
変容を冷静に見極め、変化を受け入れる事により
現在のようなかけがえのない表現者になりました。
「『なんてったってアイドル』なんて本当に歌うのがイヤでした。
ただ、客観的に見て”この曲を歌えるのは私だけだろう”っていう自信はあったし、
そういう周囲の期待を感じてたから歌う。なんかいつもそういう感じなんです。
自分が主観と客観の2つに分裂していて、同時にまるで違うことを考えている。
そして、その時々に応じて、どちらかの声に答えたり、その真ん中を探ったりする。
それは今も変わりませんね」
主観と客観のバランスの良さが、彼女をオンリーワンの存在にしていると思います。
また彼女は「ストレスなく生きていければいいや」という考えを持っていて、
芸能界でのポジションも、あまり気に留めておらず、共演者と飲みに行く際、
若くてお金のない役者さんの飲み代を払ってあげたりと細やかな気配りで人を思いやり、
仲間とのコミュニケーションを大切にしています。
また50歳を機に新たに立ち上げた会社で
「今後の活動の為に、最初は自分が1番汗かいて、作る側の苦労を実感したい、
恥をかくかもしれないけれど」
と自分が前に出るより裏方に回って、人を育てたいと語りました。
それは作る人と見る人との間に大きな溝があるのではと考えたから。
「見る側と作る側が成熟した関係になっていく為に、
自分なりにちっちゃな石を投げられたらなぁと。なんか偉そうですけど」
と夢を語った後のけどは、誕生数1が垣間見えますね。
ステージ数 (活躍する舞台) ソウル数と同じ 3 (発展)
何でもありの芸術芸能の世界、芸能界はまさしく彼女の活躍する舞台となっています。
チャレンジ数 (この人生でチャレンジする課題) 17-8
8 (秩序) はコツコツ努力してきた今までの経験を活かし、
リーダーとして組織をまとめあげ、アクティブにバリバリと働き、
社会に打ち出していく、
会社を立ち上げた彼女は、今まさにチャレンジ中。
また17-8は宇宙意識に目覚め、循環してゆくナンバー。
不可能への挑戦と開拓していく向上心あふれる彼女のこれからに注目したいと思います。
ネイチャー数 (素の自分) 11-2 実現可能数と同じ
2 (相対)
本当の彼女は家で静かに過ごす時間を大切にし、寝っ転がってテレビを観たり、
本を読んだり、料理や掃除。猫と遊んだり、昼寝や長風呂。
そういう時間が充実すると幸せを感じるそう
「世間のみなさんは、私はトンがったことを発信するアイドルだと思っただろうし、
実際そう見えていたと思います。
でも、本当の私はそういうことを自発的に発信するタイプではなく、
子どものころから内向的で、家にいるのが好きなタイプ。
私に何か才能があるとすれば、人が提案したものを吸収して
”自分らしい形”にすることなんです」
彼女は「極度の出不精」と自分を評し、自分一人の時間を非常に大事にしています。
11 (霊性) 自立した者同士が組むパートナーシップのナンバー
11-2は感受性がものすごく高く、自分不在で生きてしまう事があります。
実際彼女は結婚当初は引退をして家庭に入るつもりだったようですが、
夫である永瀬正敏さんに反対されたそうです。
「家庭に入って子供を持って…」と普通の妻や母を望みながらも、
彼が側にいる事により、女優として映画人としての才能を開花させました。そして離婚。
才能に恵まれる事、芸能界で輝く事はいい事ですが、
「ただ、今、やり残したことあるかなあっていうと、
子ども生まなかったな、子ども育てなかったなって」
それは彼女にとってどういう意味を持つのか、ずっと揺れ続けるのかもしれません。
アクション数 (行動のパターン) 5 (変化)
彼女の芸能生活は、転身の連続です。
どうすれば彼女のように、年齢とともに魅力を増していけるのか?
たとえ体重が増えても無理なダイエットをしないと彼女は語っています。
若さはもう取り戻せません。彼女はそれを感じ、輝かしかった過去に執着せず、
私は私と「女優」としてのスキルを日々向上させ
「年相応」であることを抵抗なく受け入れています。
化粧品のCMで
「小泉今日子。年齢は隠しませんが、正直シミやくすみは隠したい」と
頬のシミにファンデーションを塗ります。
誰もが隠したいと思っているのに堂々と宣言。
彼女は自然体で、恐れる事なく「加齢」と正面から向き合い
「中年には見えないほど若くて美しい」のではなく
「中年にしか表せないかっこよさ」を示し、「加齢」は「劣化」ではなく
「年齢を重ねる勇気」を私達に与えてくれます。
彼女の「変化する力」は、失われた事に対する感受性と深くつながっていると思います。
History
0~35歳
Cycle (どのような事を学ぶ時期か) 2
Pinnacle (その時の状況) 6
Challenge (この時期にチャレンジするテーマ) 2
結婚や父の死から出会いと別れを経験し、内面の強さを養う時期でした。芸能界では専門的知識を学び、周囲とのバランス、人間関係と協調性を学び、いろいろな経験から、素の自分と小泉今日子というブランドの境界線をどこにとり、時に反抗もしながらも、冷静に見極め、調整していく事にチャレンジしました。
1966年 0歳 (Year Cycle #19) 神奈川県厚木市生まれ
1981年 14~15歳 (#25)オーディション番組『スター誕生!』に出場
1982年 16歳 (#26)キャッチフレーズは「微笑少女。君の笑顔が好きだ」
シングル「私の16才」でアイドル歌手としてデビュー 同期に、堀ちえみ、
三田寛子、石川秀美、松本伊代、早見優、中森明菜、シブがき隊らが
おり、 「花の82年組」と呼ばれた
1983年 17歳 (#27) 髪をショートカットにイメチェンした5作目のシングル
『真っ赤な女の子』 がヒット “キョンキョン”の愛称とともに一躍
トップアイドルに 「あんみつ姫」でドラマ主演
1984年 18歳 (#28) 人気絶頂期。9作目『渚のはいから人魚』を33万枚売り上げ、
初のオリコン1位を獲得 第35回NHK紅白歌合戦に初出場
以来5年連続出場 また「生徒諸君!」で映画初主演
デビュー3年目 所属事務所の方針に嫌気が差し、
精神的な疲れから数週間の休養をとる
休養明けに無断で松田聖子風の髪形を刈り上げ、スタッフを慌てさせた
1985年 19歳 (#20)大映ドラマ『少女に何が起こったか』で連続ドラマ初主演
20%以上越える高視聴率を獲得し、彼女の代表作となる
17枚目のシングル「なんてったってアイドル」発売 オリコン初登場1位
28万枚を越えるヒット
1988年 22歳 (#23) 映画「快盗ルビイ」で毎日映画コンクール、
ヨコハマ映画祭の主演女優賞を受賞
1989年 23歳 (#24)フジテレビ「愛しあってるかい!」トレンディドラマとして
最高視聴率26.6%のヒット
1991年 25歳 (#26) 主演ドラマ「パパとなっちゃん」の主題歌、作詞を手掛けた
『あなたに会えてよかった』でミリオンセラーを記録(累計出荷枚数158万枚)、
自身最大のヒット曲となる(80年代アイドルで初めてのミリオンセラー)
また、第33回日本レコード大賞では作詞賞とゴールドディスク賞を受賞
1993年 27歳 (#28) 主演ドラマ「愛するということ」の主題歌「優しい雨」が
オリコン2位を獲得。累計出荷枚数143万枚にもなる大ヒットを記録
そして父死去
1995年 29歳 (#3) アイドルのイメージを断ち切るかのように、俳優の永瀬正敏さんと結婚。
1997年 31歳 (#5) 地球ゴージャス『紙のドレスを燃やす夜』で初舞台
以来舞台活動を積極的に展開
1998年 32歳 (#6) 猟奇殺人マニアの女性を怪演した「踊る大捜査線 THE MOVIE」で
演技派女優として評価高める
2001年 35歳 (#9)一人娘を故郷の北海道に残し、東京で風俗嬢として働く30過ぎの女性を
演じた相米慎二監督の遺作「風花」で女性の孤独と空虚を繊細に表現し、
報知映画賞主演女優賞 日本アカデミー賞優秀主演女優賞受賞
従来のイメージを大きく覆す役どころに次々と挑戦
36~53歳
Cycle (どのような事を学ぶ時期か)4
現実的な問題の対処をし、今後の計画をたて準備し、基盤作りを学びます。
2004年 38歳 (#3)結婚記念日に離婚。皮肉にも女優としての個性を確立した所で、
9年間の夫婦生活にピリオド
蜷川幸雄と岩松了の舞台『シブヤから遠く離れて』で
芸術選奨文部科学大臣 新人賞受賞。
2005年 1月 (#3)読売新聞読書委員に就任。日曜読書面で書評を執筆。
2005年 39歳 (#4)映画「空中庭園」でブルーリボン賞、日刊スポーツ映画大賞など
4つの主演女優賞を獲得
2006年 40歳 (#5)映画『さくらん』で元夫との離婚後初の共演
2008年 42歳 (#7)映画「グーグーだって猫である」「トウキョウソナタ」この2作で
キネマ旬報賞、報知映画賞の主演女優賞を受賞
2009年 43歳 (#8)気鋭の舞台制作集団シス・カンパニーの
『楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~』出演
2010年 44歳 (#9)オリコン・シングルチャートのベスト10入りした曲数では、
女性ソロ歌手の中で歴代4位にランクイン
36~44歳
Pinnacle 8 Challenge 9
離婚はしたものの、女優業では映画に舞台に大活躍。たくさんの賞を受賞し、富や名声を得てまさに繁栄の時。本物を見抜き、不必要なものは手放し、精神的成長の為、心の声を聞き、人を導く力を養います。
45~53歳
2011年 45歳 (#10) 映画『毎日かあさん』で、離婚した二人が「離婚した元夫婦」の役を
演じ話題に 撮影の間、二人は「以心伝心」で、作品づくりについて意見が
一致 夫婦でなくなった後も、「映画人」としては理解しあっています
2012年 46歳 (#11)デビュー30周年。ドラマ「とんび」「最後から二番目の恋」「贖罪」出演
2013年 47歳 (#12)連続テレビ小説『あまちゃん』出演
劇中歌「潮騒のメモリー」もヒットし話題に
2014年 48歳 (#4)3年間の闘病生活の末、姉死去
2015年 49歳 (#5)主演舞台「草枕」で読売演劇大賞優秀女優賞を受賞
また自ら舞台、映像、音楽、出版などを企画製作する新事務所「明後日」を
立ち上げて独立
2016年 50歳 (#6)新事務所「明後日」第1弾作品として舞台『日の本一の大悪党』で
初めて演出とプロデュースを手掛ける
「小泉今日子です。私事ではございますが、50歳を迎えました。
あっという間の50年、半世紀も生きてしまいました。
残された時間の中で何が出来るのか?これが今の人生のテーマになっております。
少なくてもあと10年はアクティブに攻めの姿勢で生きたいものです。
そこで、明後日というプロジェクトを立ち上げました。
遠い未来ではなく、明後日くらいの未来を目指して
仲間たちと一緒に何が出来るか模索していきます。
舞台、映像、音楽、出版、ジャンルに捉われず
私達らしい企画を考えていきたいと思っています。
生まれたての未熟なプロジェクトですが、どうかお見知りおき下さいませ」
と本人談
45~53歳
Pinnacle 5 Challenge 7
新しい風。強力な仲間を作り、組織力を確認し、
形になったものが更に外向きに活発化する時。
彼女はすでに実行しましたが、ずばり独立し、ステージアップを目指します。
54歳~
最終Cycle 22-4 Pinnacle 6 Challenge 2
やってきた事に関しての形が見えてくる。
彼女の場合、すでに大改革し組織化し、会社を立ち上げました。
自分が中心にいて、まわりにたくさんの人がいる。
しかし尽くし過ぎる為、与える事と受け取る事のバランスと精神性を学びながら、
今まで培ってきた経験から、学んだ事をシェア、
また人々に癒しを提供し、社会貢献をしていくと思います。
小泉今日子さんをリーディングしてみて・・・
彼女のコアナンバーを調べると、私と誕生数、ソウル数、アクションナンバーが全く同じで
他にも彼女の運命数と私の人格数がリンクしていて、
あまりの一致に始めはウキウキとリーディングし始めましたが
スタートしてすぐ何故か心がザワザワして、なかなかリーディング出来ないでいました。
50代半ばで亡くなった姉の死を通して、彼女にとって死はリアルなものになりました。
時間は少ない。50歳を迎え、彼女は残り時間をはっきり意識した時、
「人生ががぜん面白くなった。先延ばしにしてきた事にいよいよ向き合わないと」
と製作者への道を踏み出しました。
「何十年も恵まれた環境で仕事をさせてもらって、
作品とか経験とかいろんなものを手にしてきたけれど、1個ずつ手放し、
ゼロの状態に戻りたい」と過去に安住せず、
自分を立て直したいと言います。
私も50歳を過ぎ、このままでいいのかという不安が漠然とありましたが、
今更私なんてという気持ちと、正直、残り時間や老いを実感するのが怖くて
正面から向き合うのを避けていました。
でも彼女は過去に執着せず、自然体で「年相応」であることを抵抗なく受け入れ
「歳を重ねなければ手に入らない魅力」を堂々と示してくれました。
しかも自分の経験してきたものを後進の人達にシェアしようと頑張っています。
彼女をリーディングして、私もこのまま殻に閉じこもっていないで、
勇気を出して1歩踏み出そうと思いました。私らしく、恐れずに・・・
Reported by
AEONS Numerology Basic the 12th class
Nobue at Megro class



