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Marilyn Monroe  

1926/06/01 生まれ

アメリカ合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス出身の女優。
本名「ノーマ・ジーン・モーテンソン(Norma Jeane Mortenson)」。
ある日ネット上でこの写真を見た時、彼女の恐れや心細さがダイレクトに伝わってきて、
涙が止まらなくなりました。


私の中にもある恐れや心細さ、淋しさを鏡のように映しだしているのでしょう。
良く知られている、明るくセクシーな顔の奥にある本当の彼女を知りたくなりました。
20世紀を代表するセックスシンボルとして愛され、36歳の若さで謎多き死を遂げた彼女の人生を
ノーマ・ジーン・モーテンソン時代からマリリン・モンローとして生ききるまで、
年代を追いながら、数秘術の面からみてまいります。



 

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≪Marilyn Monroe≫        ≪Norma Jeane Mortenson≫       
Birth---------------------7(16)     Birth---------------------7(16)      
Destiny------------------1(10)     Destiny------------------4(13)      
Realization--------------8         Realization--------------2(11)      
Soul----------------------9        Soul----------------------8        
Personal----------------1(10)       Personal-----------------5(50)      
Stage--------------------4(13)      Stage--------------------4(13)
Challenge---------------3(30)     Challenge----------------3(30)
Action-------------------1         Action-------------------1
Youth-------------------6         Youth---------------------6






【History】 生まれてから36歳で亡くなるまで16~25 という2ケタが続く人生


◇Youth No(若年期)◇⑥

 ・調和的で優しい、家族的な愛、というNoですが、
彼女の場合はいつでも家族的な愛や優しさを求め続けていた、
満たされない時期であったと思われます。
 ・ノルウェー系移民のパン職人の父と敬虔なキリスト教信者の母の間に生まれた彼女ですが、
両親の離婚や母親が精神病を患ったことから里子に出され、
いくつもの家をたらい回しにされたそうです。
里子に出された先では幼いころからネグレクトや性的虐待も受けていたと言われており、
家庭の暖かみを知らずに育ったのでした。

■Birth(誕生数)■16-⑦
 
・その方の基本となる部分が表れる数です。彼女の場合は16-⑦。
⑦は「飛躍」「鋭敏な知性」「真面目でひたむき」という数。
後に世界中の男性を魅了した彼女独特の歩き方『モンローウォーク』は彼女自身の発案で生まれました。
片方の靴のヒールを1/4インチ(6.5ミリ弱)短くすることでわざとバランスをくずし、
腰が大きく揺れるようにしたのです。 
どうすれば、自分をよりセクシーに魅せられるか研究したのですね。
このことからも、「グラマラスな身体が売りの頭が空っぽ」な女性ではないということがわかります。
 ・16の方は心の奥底にとても美しく繊細な部分を持っている。といわれています。 
プライバシーを大切にし、ひとりの時間や空間が必要な方。彼女も豊満な肉体の内側に、
美しくてもろく、繊細なガラスの城を築いていたに違いありません。
アクシデントによって強力に自立を強いられる数でもあります。
・そして間違った「愛や信頼」の価値を修正するため、多くの恋愛体験や事態に遭遇する数でもあります。
⑦のa-matureな姿「淋しがり屋」「神経過敏」で不安定な部分と相まって、
数々の浮名を流すことに繋がったのかもしれません。


■Destiny(運命数)■13-④

・安定、基盤を表す④。家庭を象徴する数でもあります。
『安定した家庭環境』という言葉が浮かびます。
・ですが併せ持っているのが『Deth No.』といわれる修練の数13。
カルマを一気に清算、上昇するために、最大の
ギフトとして、多くの試練を経験するという数です。
 ・求めても得られないあたたかな家庭のやすらぎと、絶対的な愛情。 
満たされることのない飢餓感…。
悩み苦しみながらも聖性をめざしていく魂をもつ数です。


■Realization(実現数)■11-②
 
・1と1で11、とみると芸術性、創造性、行動力、モチベーションの持続…など大きな才能を持パワフルな数です。
とてもキビシイ環境で生まれ育ち、そこから文字通り『身ひとつ』で映画界で活躍するまでになる、
彼女らしい数といえるでしょう。


■Soul(価値観や魂の目的を表す数)■⑧
 
・情熱的でパワフル。アピール上手で場を上手く仕切る能力がある。
力を多角的に放出していくという特徴を持つ。
・地位、名声、お金を掴んでから『パワーを得てどうバランスをとっていくか』という学びがあります。


■Personal(人格数)■50-⑤
 
・活発で行動が予想不可能。そしてなんだか魅力的な少女だったと想像できる⑤です。
情熱的で奔放、恋愛遍歴も多くなりやすく、スピード婚もしやすいという数です。


◎16歳 1942年 Year No.23-⑤ 高校を半年で中退し、最初の結婚

第二次大戦下のこの年、高校を半年で中退して母の友人の勧めで、
母の家の近所に住む航空機整備工ジム・ドハティと結婚。 
周囲の強い勧めもありましたが、ノーマ自身もこれまでの悲惨な人生を大きく変えるチャンス
と考えて結婚したのではないでしょうか。
その後ジムが海軍に徴兵され、ひとり暮らしになります。

◎19歳 1945年 17-⑧ スナップ写真が陸軍機関誌に載る

自活のため、工場で働く彼女を映した写真が、陸軍機関誌に載り、
映画界への道が開けていくきっかけとなりました。
17の年にふさわしく人との交流から自分の世界が拡大したのです。
Soulの⑧の「情熱的でアピール上手」な部分が発揮された結果かもしれません。
Soul No.と同じYear No,⑧のこの年は「富と力」への道が開いたともいえるでしょう。 
工場を辞め、ハリウッドのモデルクラブに所属してイベントコンパニオンやピンナップモデルとなります。
ブルネットの髪を後のトレードマークとなるゴールデン・ブロンドに染めたのもこの頃です。

◎20歳 1946年 18-⑨ 20世紀FOXと契約 、ジム・ドハティと離婚

人生において重大な二者択一をする18。 
そして不要なものをそぎ落とし、才能の開花、
次の光をめざす⑨の
この年、モデル業を理解しないジムと離婚し、20世紀FOX社と芸名「マリリン・モンロー」として契約。


マリリン・モンローとして世の中に打って出ることで、数秘術的にも大きな変化が表れます

■Destiny(運命数)■10-①
 ・自己実現の為に人々をリードしながら、パワフルに活動していく方。
 ・10を持っているので、内側に湧き上がるイメージと天から得るインスピレーションを実現する可能性があります。
その才能を自分だけでなく多くの人の協力を得て実現できれば、
大きな成功と名声が約束されています。 
ですが、ひとりよがりで理想が独り歩きすると、大きな落とし穴に落ちるかもしれません。

■Realization(実現数)■8
 ・地位、名声、お金 等、社会的な「力」を得てから、本当の学びが始まるというエネルギッシュな数。
彼女の外見からは想像できない数かもしれませんね。

■Soul(価値観や魂の目的を表す数)■⑨
・パワフルに「のし上がるわよ!」というようなDestinyとRealizationとは印象の違う⑨です。
⑨は自然数の全てを現し、全てを含んでいる数。それ故博愛で懐も深いが、時に揺れやすく、
不安定な心に苦しむことも多い数。
そのような苦しみも含めて、様々な経験を通して叡智の習得をし、世に表現していくNoです。
彼女の場合は戦地の兵士への慰問活動を積極的に行っていました。
 ・ロマンチストで惚れっぽく、男性というより恋愛に依存しすぎる側面は⑨のa-matureな部分でしょう。

■Personal(人格数)■10-①
 ・2つめの10-① 10を持つ方は人生のある時期に『Spiritual Fall』など大きな変化の機会を経て、
人道的な目的や人に癒しを与える道を歩みだすことが多いといわれています。
愛に飢えて育った彼女が映画界で成功し、多くの人から愛されるスターになった時に始めた
慰問活動だけでなく、映画や写真でそのやわらかな肢体と笑顔を見せすること自体が、
人々を癒していたのかもしれません。
 ・極度の不安症から薬物中毒に陥っていたというのも、①の側面の表れでしょう。

■Stage(活躍する舞台)■13-④
 ・安定、基盤を表す④。社会の中で確固たる地位を築く という見方もありますが、
彼女の場合は、子供の頃から
望んでも得られなかった『温かい家庭』こそ、心底望んでいた舞台でした。
・ですが併せ持っているのが『Deth No.』といわれる修練の数13。 
カルマを一気に清算、上昇するために、最大のギフトとして、多くの試練を経験するという数です。
 ・本来Deth No.のDethは「EGOの死」を指しているので、
EGOを捨て去った時に彼女の美しいSPIRITのままに
確固たる地位を築ける資質を持っていたことがわかります。
・ですが映画の撮影をすっぽかして積み上げたキャリアを信用を自ら破壊する…
これも『創造と破壊を繰り返す』⑬
ならではのことだったのかもしれません。

■Challenge(チャレンジ)■30-③
 ・③のチャレンジは、魅力的な人柄や芸術芸能分野で人を惹きつけ、
豊かな表現力を用いて多くの人々を癒し、
喜びを与えること。 映画女優として、
アメリカのセックスシンボルとして人気を集めた彼女にふさわしい数です。
 ・30という数を持っていることから、霊性の高い方だったと思われます。

■Action(行動パターン)■①
 ・自分の創造性を表現していく。こうと決めた目標、目的の達成のために地道な努力をする数です。
スターになってからも、セックスシンボルを脱したかった彼女は
アクターズ・スタジオに通い演技の勉強をしたそうです。

■Nature■⑦
・Birth No.と同じ⑦。 カメラの向こう側の大衆に向けた作った表情ではなく、
素が垣間見える写真に見られる
表情が語るように、繊細で寂しがり屋だったのでしょう。






≪その他のNo.≫ チャートで際立っているNo.は…
本名では際立つ資質が表れていないのですが、芸名「マリリン・モンロー」では大きく変わります。

◆Self (自我を貫く)◆⑤ 思うままに自我を貫こうという意志
◆Maturity(成し遂げる力)◆⑤ 大衆の心をつかみ、刺激を与え、自らがトレンドとなる。
◆Lead(統率力)◆⑤ スターになるだけでも高いリーダー性を表していますが、
⑤は衝突の暗示でもあります。
◆Body(肉体・自己形成)◆⑤ ボディヒーリングの高い資質を表している。
美しい容姿を武器にした彼女も、ある意味ボディヒーラーだったと言えるでしょう。



◎21歳 1947年 19-10-① スクリーンデビュー

映画『嵐の園』に端役で初出演するも、ぱっとせずに契約解除されます。
コロムビア映画と契約をしますが、準主役で
映画1本に出演しただけでまたもや契約解除となります。
生活苦からヌードモデルに戻り、演技の勉強やエージェント探しを続けました。 
この頃撮影したヌード写真が、
のちに大きな意味を持つことになります。
勇気を試される、また専門領域へ向かう19、そして新しい波にのる10のこの年、
無意識のうちに近い未来への種まきもしていたようです。

◎24歳 1950年 22―④ 本格的映画デビュー と 知的な努力
  
 エージェントの尽力で「アスファルト・ジャングル」、「イヴのすべて」に出演し、はじめて女優として注目されます。
 俳優として認められるために必要な「知性」を得ようと、膨大な量の読書、
本格的な演技の勉強など、22-④の年に
ふさわしく、大きな理想を叶えるための基盤づくりに取り組み始めたといいます。
以降数本の映画にわき役で出演。1953年に主演した「ナイアガラ」であのモンローウォークを披露し、
世界の男性の注目を集めました。
続いて「紳士は金髪がお好き」「百万長者と結婚する方法」「七年目の浮気」が大ヒットし、
トップスターとなりました。




◎26歳 1952年 24-⑥ 昔のヌード写真が世に出るスキャンダル

歓びの感受、人間関係拡大の⑥。
映画会社に契約を解除されて苦しかった頃に撮ったヌード写真がカレンダーとなり、
スキャンダルとなります。
ですが、このことによって大衆の注目を集め、知名度があがりました。 
セックスシンボルとして愛されるようになったのです。 

◎27歳 1954年 16-⑦ 元ニューヨーク・ヤンキースの人気選手だった
ジョー・ディマジオと2度目の結婚

Birth No.と同じ16-⑦、大きな意味のある年であったと思います。
この年、知名度の高い元大リーガー ジョー・ディマジオと結婚。 
ステージアップや可能性の拡大という⑦の年ですが、決して打算ではなく「自己の解放」を
望んでいたのではないでしょうか。
16の年の結婚にふさわしく、彼との出逢いに運命を感じ情熱的な恋愛を経て結婚したのでしょう。
ディマジオの仕事を兼ねた新婚旅行で日本を訪れました。 
この日本滞在中に、退屈だったとはいえ夫を日本に置いたまま、
朝鮮戦争で韓国に駐留していた米軍の慰問に向かってしまいました。
 
◎28歳 1955年 17-⑧ ジョー・ディマジオと離婚
軌道修正の⑧。関係が悪化していたディマジオと9か月で離婚

◎30歳 1956年 18-⑨ 劇作家アーサー・ミラーと3度目の結婚
  
戯曲「セールスマンの死」でピューリッツァー賞を受賞した10歳年上のミラーは、
彼女が求め続けていた「優しい父性」と「優れた知性」の持ち主でした。
「年の差婚」や「知恵と奉仕」の⑨の年にふさわしい結婚。
マリリンはこの結婚に「崇高さ」も求めていたようです。

18の年の恋愛や結婚は精神的に理解しあえる人と向き合う。
そして不安定な時期だが結婚によって落ち着くといわれているのですが、
彼女の場合は残念なことに、このころから精神の不安定さが加速し、幾度かの流産も
重なって睡眠薬を多量摂取し、病院に搬送…
を繰り返すようになり、だんだんミラーとの仲も険悪になります。

◎35歳 1961年 24-⑥ アーサー・ミラーと離婚

前回の24-⑥の年には過去のヌード写真のスキャンダルで人気が出るという
プラスのハプニングがありましたが、
この年は⑥の「結婚・離婚」、「二者択一」という面が色濃く出たようです。
また、この年に封切られた映画「荒馬と女」の評判が悪く、
共演のクラーク・ゲーブルが撮影終了後に急死したことも重なり、精神不安定に拍車がかかります。 
精神病院に入院する彼女を支えたのは、元夫のディマジオでした。

◎35歳 1962年 24-⑥ 5月19日 ジョン・F・ケネディ の誕生日パーティに出席

ミラーと離婚する前、1959年頃から深い関係にあったといわれる
ケネディ大統領の45歳の誕生日パーティに出席、
「ハッピーバースディ・Mr.プレジデント」を歌い、大統領を喜ばせたといいます。
  

◎36歳 1962年8月5日 25-⑦ 死去

Birth No.と同じ⑦ のこの年、ロサンゼルス郊外の自宅の寝室で全裸で亡くなっているのを
メイドが発見。
マスコミでは「死因は睡眠薬の大量摂取による急性バルビトール中毒で自殺」 と
大々的に報道されました。
ですがその直後から数々の「謀殺説」がささやかれています。

愛らしさや得難い才能、意志の強さを持ちながらも、
繊細で精神の不安定さや数々の男性との関係に翻弄されてしまった彼女。 
生きていれば66歳まで2ケタが続く、ドラマチックすぎる人生から「解放」された⑦の年だったの
かもしれません。

◆◆◆

不幸な生い立ちを背負った愛くるしい少女ノーマ・ジーン・モーテンソンから、
世界中の人から愛される
女優「マリリン・モンロー」になった彼女。

名前を変え、髪の色や顔を変えて、女優になってからもずっと求め続けたもの。
そして生涯手にすることができなかったもの。 
それは一般的な女性と同じ「あたたかな家庭のやすらぎと、絶対的な愛情」だったのではないでしょうか。
世界的な映画女優になって大衆から愛されても、決して癒されることのない淋しさ。
女優になってからの二度の結婚も、数々の有名人とのスキャンダルも彼女にとっては純粋に
「私だけを絶対的に」愛してくれる人を求めていたのでしょう。
彼女が求めていたのは彼女の中のガラスのお城に住む「ノーマ・ジーン」を愛してくれるひと。
ですが、男たちが愛するのは「マリリン・モンロー」。 
心の中の空洞はどんどん大きくなり、精神のバランスをくずしていったのかもしれません。

求め続ける限り、決して満たされることはないのですね。 
留まることの大切さを教えられたような気がします。

亡くなる数年前から元夫のジョー・ディマジオがいろいろと面倒をみていたようです。 
離婚したとはいえ、彼女に対して深い愛情を抱き続けていたといいます。
すぐ近くにあった愛情に応えることができていたら…また違う人生が続いていたのでしょうか。

Reported by Yumico Okada
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October 15th 2014