皇太子徳仁親王妃雅子
1963年12月9日生まれ


Birth path number 22-13-4


卓越した才能の持ち主。真面目で几帳面。忍耐強くコツコツと努力を重ねる人。
目立つことはなく控え目だが、情熱を内に秘めている。
責任感が強く、他者からの信頼は厚いが、安定を好み過ぎると、
ときに閉鎖的な人間関係を築いてしまう可能性もある。
数多くの問題が起きるたびに変容をする修練を繰り返し、
学びを喚起させられながら成長し、強い感受性を生かしながら高い理想に向かって
現実社会で活躍する人である。
物事を個人レベルでなく宇宙規模でとらえられる人。
博愛精神を持ち、大きな成果を成し遂げられる。
雅子妃は幼少の頃から動物好きで、小中学校では、学校で飼育していたウサギやハムスター、
ヘビの世話まで積極的に行っていた。
小和田家でも犬を飼い、また皇室でも犬と生活を共にされている。
どんな生き物に対しても分け隔てなく強い愛情を注いでいた様子は、
慈悲深い心の持ち主であると感じた。

Destiny number 5

「よりよく」あるため、常に変化を求め、新しいことにチャレンジする。革新的な意識の持ち主。
多才で知的欲求も強く、活動的。自由にあることで自分の力を存分に発揮できるタイプ。
一方で他者から強制的に動かされたり、その意味が理解できないときには不安定になる。
現状維持という環境では混沌としてしまう人。
雅子妃にとって皇室は閉塞感を感じるであろう環境と思われる。
脈々と受け継がれてきた慣習やしきたりを重んじる世界において、何かを変えようとすることは、
周囲との大きな摩擦を生みだすに相違ない。
知性の高い雅子妃は伝統を受け継ぐ意味等は十分に理解しているものの、
その一方で変容を求める自らの意識との葛藤を現在まで抱えているのではないか。

Realization 9

慈悲の心を持ち、人々に自分の経験から得た叡智を伝え、社会貢献すること。
不要なものは手放し、なお前進すること。よくも悪くも他者からの影響を受けやすく、
ときに両極で混乱しやすいので、自分の核を定めて集中することが必要。

Soul number 16-7

多くの体験を重ねる度に自分の価値観を変化させ、深い探求を続けていく人。
宗教や哲学、精神世界等の分野に魅かれ、論理的で分析的な研究を好む。
一人でいる時間がないとバランスが保てないが、視点が自分の内面に向きやすいので、
なるべく多くの人とオープンにかかわることが必要。

Personal number 16-7

洗練された人。内に情熱を秘め、物事に真面目でひたむきに取り組み、高い知性を感じさせる人。
ときに孤高な印象を与え、人に厳しく、融通がきかない皮肉屋と受け取られてしまう可能性もある。

Stage number 12-3

今までのパターンを打破し、人の中に出て行くことによって、人に幸せを与えられる人。
自分の持っているクリエイティビティを表現していくことで、人に光を当てることができる。
人を引き付ける魅力の持ち主。自分が心から楽しいと思うシチュエーションで力を発揮できる。

Challenge number 20-2

自らが率先して行動するだけではなく、周囲からの流れを受動的に受け止めることもできるかどうか、
自分と他者との境界線のバランスをどこに置くか。
変化することを受け入れていくことができるか。
高い霊的素質を現実社会に生かせるかどうかがかぎとなる。

Nature number 5

自由でいることで力を発揮できる。革新的な意識の持ち主。
好奇心旺盛で、変化をしながら自分の核となるものを形成していく。

Action number 1

今までなかったものを創り出していくこと。


<特徴的な資質について>

Lead 1
新しく生み出し、自らがリーダーとなり、他者を牽引していく力。

Make mode 5
常に変化していく空気を創り出すことができる。

Emotion 1
様々な感情によって大きなエネルギーを得る。


<人生について>

・誕生~32歳(1996年)    3

誕生に際し、雅子という名前は両親の雅やかに育つようにという願いが込められている。
小和田家では、「雅・礼・節」が、人が生きていく上で最も大切なものと考えており、
雅子妃の双子の妹は、礼子と節子と名付けられている。
外務省職員であった父親の仕事の関係で、幼少期より、旧ソビエト、アメリカで過ごす。
小和田家では、海外生活で暮らしていても常に日本のことを忘れず、
四季折々の日本の伝統的習慣に触れるような教育を行っていた。
このような教育方針が、雅子妃が後に外交官という職業を選択する際の素地になっていると思われる。


・1971年 帰国&公立小学校編入(year cycle 20)

当時雅子妃は、おとなしいが、自分の意見ははっきりと言うような、自立性のあるのびのびとした子供であった。
長く日本を離れていても違和感なくクラスに溶け込み、
友達とかかわりながら学んでいた姿が想像できる。


・1972年 田園調布雙葉学園に編入(year cycle 21)

クラスメートから頼りにされる、お姉さん的存在であったが、
自ら進んで人前に出て行くタイプではなかった。
授業でも、積極的に手を上げることはなかったが、先生に指名されると何でも答えることができた。
決してガリ勉タイプではないのに、成績はいつも上位であった。
知性をひけらかすことなく、クラスメートとの和を重んじ、
楽しく充実した学校生活を送っていたと思われる。


・1976年 中等科でソフトボール部創設(year cycle 26)

プロ野球の巨人軍ファンであったことから、ソフトボールに興味を持ち、友人と協力して学校に交渉し、
ソフトボール部を創設した。
ソフトボール部では率先して練習し、中心選手として活躍し、チームを牽引し、
東京地区優勝を成し遂げる。
学校側との交渉から強いリーダーシップを発揮しつつ、皆で一緒に成功を目指すという8の特性が端的に表れているエピソードだと思う。


・1979年 渡米(year cycle 28)

父親の仕事の都合で再び渡米。
この年で誕生より続いていた2桁が終わり、2から始まる次のサイクルに入っていく。


・1987年 外務省入省(year cycle 9)

アメリカの大学卒業後、外務省入省試験受験準備のため帰国。
半年後の試験に合格し、外交官としての道を歩み始める。
9は完結を表す。外交官になるという夢を叶え、さらにその先へと第一歩を踏み出した。
また、ほぼ同時期に皇太子と出会っている。9は運命の動きやすい時でもあり、
まさに人生が大きな方向へ動いた時期であった。


・1993年6月 納采の儀 (year cycle 6)

喜びの時期。皇太子妃となったことで、結婚生活が大きなテーマとなった。
家庭内や体面的な部分での自分の役割について、深く考えさせられることとなった。


・1999年12月 第一子流産 (year cycle 4)

Year cycleが大きく変わった(12→4)直後の出来事。
社会全体の世論が早く次世代をと望む中、結婚後、恐らくは医学の力等も借りつつ、
国民の期待に応えるべく努力を重ねていたと思われるが、結果を出すことができなかった。
またマスコミ等の過熱報道もあり、周囲に対して心を閉ざしてしまいがちになる。
再度体調管理の見直しも行われたと思われ、今後の基盤を作っていくきっかけになった出来事。


・2001年12月 愛子内親王出産(year cycle 5)

Year cycleが5→6に変わる直前に出産。出産により大きな喜びを手にし、生活や内面が大きく変化。
今まで感じていた閉塞感を育児によって解放することで、精神的に安定を取り戻す。
献身的に育児に取り組む。


・2004年7月 適応障害と公表 (year cycle 8)

2003年5月には帯状疱疹を発症し、長期療養をしていることから、
それ以前より大きなストレスを抱えていたものと思われる。
前年のyear cycle7あたりから心身のバランスを崩し始めたのではないか。


・2013年4月 オランダ公式訪問 (year cycle 8)

オランダ訪問後、同年11月には東日本大震災被災地を泊りがけで慰問。
自己と他者との力のバランスに気づき、調和する方法に気づき始めたのではないか。
置かれた環境の中でも自らの力を発揮できる方法があることを学ぶ。


<まとめ>

課題をいただいたとき、漠然と雅子妃を読んでみようと浮かんだ。

雅子妃の数字を読み解くうちに、皇太子妃として、やはり選ばれるべくして選ばれた人だと感じた。
国民が何を求めているのかを敏感にキャッチする能力に長け、
その思いに応えられるような皇室を創り上げることができる力を持っている人だと思う。

私自身の体験として、数年前、車で移動中の天皇陛下に遭遇したことがある。
公務中ではなかったらしく、服装もラフな感じで後部座席に座っていらっしゃった。
私たちとの距離はほんの数メートルであり、私たちが手を振ると、
笑顔で手を振りながら通り過ぎて行かれた。
そのときに、その漂う雰囲気から、やはり一般人とは違うエネルギーの持ち主だと強烈に感じた。
天皇陛下が終戦まで現人神と言われた所以が少し理解できたような気がした。

天皇陛下は生まれながらにして皇室という環境で育ち、
よくも悪くも皇室以外の世界を身を持って体験される機会はない。
しかし、雅子妃は一般社会という場を経験してから皇室入りをされた。
外交という分野は外務省時代に十分に経験されていたが、
皇室外交というものは、政治色の実務的なものではない。
外務省では自分が主体的にかかわっているという手ごたえを存分に感じていたと思うが、
皇室では、側近がお膳立てをする部分も多いことから、その実感も薄れ、
自分の存在意義にすら疑問を持たれているのではないか。
今まで経験が、時に事を難しくしているのかもしれない。
培った経験を叡智に変えていくことが現状を打破する方法なのではないかと思う。

人と触れ合うことで、雅子妃自身の輝きが増すとともに、他者に光を当てることもできる。
そこにはいいエネルギーの循環が生まれ、日本がいい方向に向かう推進力になるはずである。
私を手放して日本という枠を外し、より広く大きな視点で物事をとらえながら、
御自分が理想とするゆるぎない皇太子妃像に向かって探求を続けていただきたい。

2014年12月以降、cycle number 19-10-1となり、また大きな変化を迎える時が訪れる。
また、year cycleも、今後数年間は2けたの高い波動が続いていく。
引き続き、周囲の言動に揺り動かされることは続くかもしれないが、
優れた直感を信じて物事を決めていくと、事がスムーズに運ぶと思われる。
今までの殻を破り、試行錯誤を繰り返しながら、大衆に希望の光を与えてくれるような新しい皇室を創り上げてほしい。
                          

Reported by Tomoko Kubota
Aeons Numerology 6th class @ tokyo

October 15th 2014