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相田みつを

本名 相田光男

1924年5月20日生

 

四男二女の六人兄弟の三男。

書家、詩人として誰の真似でもない自分の書、自分の言葉を探求し続け、“いのち”の尊さを見つめながら独自のスタイルを確立し、多くの作品を生み出した人。「私は書という形式を借りて、人間としての本来的なありよう、本当の生き方を語りかけるだけなんです」と言い、自分の弱さや甘えを正直にさらけ出し、人間である自分をあるがままに表現した。その作品は、今を生きる人々の心の中に、あるときはしみじみと、またあるときは力強く語りかけてきます

 

誕生数は、14‐5番

14番は、家族との協調、家や職の余儀ない変化などの体験によって建設的な自由とは何かを学ぶ番号です。また、自分自身あるいは身近な人々の問題を通して、極端に走りがちな傾向を理解して癒し、バランスを取り戻す作業を行なう番号でもあります。

 

みつをの二人の兄は戦死しました。母はしばらく発狂し、それ以来みつをを溺愛します。そしてみつをが暴漢に襲われ、重症をおって、母の愛情はますます激しく、母がみつをを離そうとしなくなります。母のみつをの妻への憎しみが想像を絶していたので、みつをは座禅に救いを求めました。みつをは、母がこうでなかったら、一途に禅の教えを請わなかったかもしれないといって、「おふくろは俺に苦しい思いをさせることによって、俺を救ってくれた菩薩さまではないか」と思うようになったそうです。

 

また5番は、自由を得るために、刺激を求めたり、刺激を送る人です

みつをは妻と二人の子を養うために細々とお習字の先生をやっていましたが、在来の形式の安易なやりかたの『書』で満足か?悔いはないか?と自問自答するようになります。そして生活は苦しくなっても、素っ裸の人間として、どこまでも自分の本心、本音を書いてゆこう。人間としての精神の自由だけは誰にも渡さずに固く守りながら。と決意します

誕生数が冒険の5で、運命数が安定の4

安定した書の世界を取るか、未知の世界に出るかの葛藤はいかばかりだったかと思われます

 

『しあわせは いつもじぶんの こころがきめる』という作品がありますが、生前息子の一人さんに、「自分の幸せを自分で決める。当たり前のことだが、現実はどうか?例えば、お金や社会的地位の有無で、人や世間に決められていることが多いのではないか。自分もそうだが、何か大事なときには、自分の幸せを自分で決めるという生き方をしたい」と語っており、内面の自由を貫いた人だと言えます

そして、作品は内外問わず多くの人々の心をとらえ今も読み継がれています

 

次に運命数ですが、

40‐4番

4番は、みんながだれでもわかるように、ものごとの本質を明らかにしていく数字です

そして、コツコツと真面目に取り組み、自分の発想を現実に応用する方法を見つけていく数字です

 

みつをの作品のベースは、曹洞宗の禅である道元禅師著作の「正法眼蔵」で、みつをなりに、誰が読んでも分かるように平易な言葉で表現しています。武井哲応老師を師匠とし、この正法眼蔵の月一回の講義を40年間一回も休まず、通い続けたといいます。そして座禅も毎日組んでいたそうです。

また、中学から短歌を習っており、言葉を非常に短歌で鍛えて、リズム感ある詩になっています

生涯短歌を作り続けましたが、一般に発表することはほとんどなく、短歌と言うのは一般の人が見てそんなに簡単に入っていけないところがあるので、短歌を離れて、短い詩みたいな形式になったようです

書も17歳から始めて、たびたび入賞する腕前だったようです

なにごとにも中途半端はだめで、打ち込む人だったといいます

 

お手本がなかったから、自分の道が正しいかいつも検証し、絶えず勉強していなければ自分の進むべき道がわからないという強い思いがあり、ひたむきな努力で、自分の理想の書を実現しました

 

「0」がつくので、霊的な素質を豊かに発揮する能力に恵まれています。そしてその直観力や洞察力、インスピレーションが目的成就への有効な手段となります

 

創作態度の基本スタイルは、難しい言葉は絶対に使わないということと、自分の納得した表現しか絶対に使わないと言うこと。そして、多くの方に親しまれたいので子どもでもわかるように平仮名を多く使い、みつをの想いを詩と書で表現した世界になりました。

 

この二つのナンバーから引き出される彼のこの人生での可能性は

実現数5+4=9で9番です

これは、この人生で苦手とする性質のすべてを学ぶ機会を与えられていくこととなります

そして、9は悟りの数字であり、経験による叡智の習得が実現できます

 

みつをの詩は、禅を学び、自分の生き方を求めて七転八倒して のた打ち回った人生の中で出てきた言葉でした。人生訓ではなく常に自分に向かって発信している言葉であって人に向かってではなかったのです。そのためお説教くさくならず、直接心に響く言葉となりました

 

実現数9は、「何でも屋」になってきまぐれな人生をさすらうか、あるいは知識を蓄えで晩年にそれを人々に伝えるようになるか、五分五分の可能性をもつ人です。みつをは、『にんげんだもの』という本を出した後、講演依頼が殺到し全国を飛び回ることとなりました

 

ソウル数は、その人の内面の声や価値観の目安になります

彼のソウル数は、11‐2番

11は、自分の立ち位置を冷静に把握し、地に足をつけ、イメージを形にしていく、豊かな感受性、高い芸術性、天と地の橋渡し役というのがあります

武井老師に禅の指導を受けながら、様々な自分のエゴイズムに気づき、書にして、人びとに示すと、それを見て、身の上相談に来る人が多くなりました。みつをは、「仏教の心をわかりやすく伝えるだけで喜んでくれる人がいる。仏様のことばを自分なりの言葉に表現して世の中に働きかけていくこと」それが自分に与えられた使命ではないかと思ったと言っています。まさに天と地の橋渡し役になりました

 

また11のエネルギーは、ダブルの創造性を生み出しますが、一方でダブルの自己不信をも生み出すこともあります『生きていてよかった』の本の中に

「じしんはなくて うぬぼればかり ああはずかしい はずかしい」というのがあります

 

 

人格数は11で、外見的な印象を示唆します

男性は物静かで紳士的な雰囲気が漂います。インスピレーションの鋭いところがあり、やや現実離れしているようにみえるかもしれません。眼光鋭く、人生を達観した感じだったのでしょう

また、11の人は、賢そうな人、夢追い人、不思議キャラ、内気でナイーブ、激しい側面とありますが

みつをのことを息子の一人さんは、複雑で神経質と言ってもいいくらい繊細な人間でしたと、『書 相田みつを』の中で語っています

 

そして、「14」「11」「11」と10以上の数字をみつをは多く持っています

10以上の数は、ソウルメイト、グループソウルがカギとなります。みつをの場合は、禅の師匠である武井老師だったと思われます『いちずに一本道 いちずに一ツ事』のなかに

 

「そのときの出逢いが 人生を根底から変えることがある よき出逢いを」

 

亡き師、武井老師との出逢いがなければ、今の自分はなかったと言うことだけは確かです

という一節があります

Stage numberは、7

7は、内省、探究心の番号です。生きる意味や人生のより深い意味を捜し求めるところに活躍の舞台があります

 

Challenge numberは、8

現実的に打ち出していくこと、みんなに揺さぶりをかけることです

 

Nature number は、6

芸術的才能、愛、調和、絶対的な美しさへの追究をもっています

みつをの作品の根底には、人間をトータルに肯定し、愛が感じられます。

子どもたちが生まれたときからの記録を残しており、子煩悩といってはばからなかったそうです

 

Action numberは、1

革新的なものへのあくなき挑戦をすること

習字の先生を辞め収入がなくなったとき、飛び込みで商店に入り、包装のデザインやしおりも書いたりしていたそうです

行動力があります

 

 

 

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若年期は、5

5番は、自由、冒険、刺激、不安定、多才、というものがありますが、

彼の両親は不和であり不安やおびえのなか、両親の顔色をみて育ったそうです。たえず緊張感のある家庭で硬直し、無口になったそうです

不安定な若年期を過ごしたのでしょうか

 

つぎに、年齢毎にその年のナンバーと比較しながら見てまいります。

 

13歳(Year number7‐17 4月入学なので)

貧しく、優秀だった二人の兄が進学を諦め家業をついだおかげで中学入学できる。成績もトップクラスで陸軍士官学校を目指す 短歌、絵に親しみ剣道で活躍

8番は、積極性や責任と義務です 二人の兄が働くことで、お金に余裕ができて行けた中学。二人のぶんまで勉強しようと頑張ったようです

 

17歳(Year number7‐22)

持ち前の正義感から教官に目をつけられ、公立校の進学資格を失い、進むべき方向も定まらず、一人悶々と悩み暗い日々を過ごす 次兄8月戦死で、生、死、命とは何か、自分はどう生きればいいのか真剣に考えるようになる イヤーナンバー7は研究や開発のサイクルで、22は4の増強版で基盤づくりです

兄達の期待も背負っていたのに、高校に進めずで心中はいかばかりだったか

しかしここで、自己の内への探求が始まることとなるのです

 

18歳(Year number7‐23)

歌人、山下陸奥に師事する。秋の歌会で生涯の師となる曹洞宗高福寺の禅僧武井哲応老師と出会う

5は、4で得たものがさらに外向きに活発化する時期であり、新しい風に乗って冒険の旅に出発すべきときです どう生きればよいかということ、悩めばよく武井老師に会いにお寺まで行っていたそうです。心の旅が始まりました

 

20歳(Year number7‐25)

長兄戦死。

みつをは、二人の兄が自分に託した願いが何かあるのではないか?どうしたら兄達はあの世で喜んでくれるだろう?と考えるようになるイヤーナンバーも個人数も7です

7は、生きかたを見直すときでもあり、人生をより深く理解しようとする時期です

 

23歳(Year number8‐19)

生活共同組合の書記として勤めていた、ある時、組合のお金が紛失していた。そのことを責任者に訴えたが、取り合ってもらえず3人の暴漢に襲われ大怪我をし、4年ほど入退院を繰り返す。犯人はこの責任者だった 青春時代を非常に暗い中で過ごし人間不信に陥る 19は、激動を体験し、その後、再び自尊心と威厳を取り戻すという数字です また1は、不要なものを整理して、新しいステップへ

この時期に心の支えになったのが武井老師です

 

27歳(Year number8‐23)

大怪我により母がみつをを離そうとしなくなったので、なにもさせてもらえずぶらぶらした生活を送っていたが夜間国文科入学し、2年で卒業 5は、環境の変動の時期です

このままではいけない、何かしなければと行動を開始したようです

 

30歳(Year number8‐26)

結婚し、一回目の個展を開く 筆一本で生活すると決めていたみつをは、生活費を稼ぐため個展を開き作品を売ることにする 8は、流れに乗る、発展であり、お金や地位の数字です

しかし一回目の個展では人が入らなかったそうです

 

31歳(Year number9‐18)

ろうけつ染めを習い、近辺の会社、商店の包装紙、暖簾、風呂敷などのデザインを制作することを思いつく 長男一人生まれる 9は、終結から次の流れへ、そして変容へ

一人さんが生まれたことを契機に、人間思慕というのを盛んに書き、それから作品が変わります

人間不信から人間をトータルに肯定するように変容していきます

 

35歳(Year number9‐22)

初めてのアトリエを持つ。長女生まれる 親子4人の八畳一間の貧乏生活の中、三十畳のアトリエを持つ

一人さんに、「その人間にとって、本当に必要なものなら、必ず与えられる」といったそうです

アトリエは、みつをが「自分が自分になれる」ところであり、そこで命を完全燃焼させていきました

22は、自分の理想を実現する方法を常に見つけていくことができる数字で、思い通りのアトリエを持て大満足だったようです

 

50歳(Year number1‐28)

在家の佛教活動として、円融会を作り、不定期で円融便りを発行する

1は、始まり、変化であり、新しいステップへです また10番は、よりよい状況をもたらすための変化で、インスピレーションが湧き起こる年です。その新しい直観は、人道的な、あるいは、人の癒しや喜びにつなげることが、さらなるよりよい発展への新しいスタートの一年になるのです

円融便りには、武井老師の講義を元にしたもので、裏には詩作などのせていたそうです

一人さんは50歳になってから、円融便りを始めたというのも慎重な父らしいと書いていますが、イヤーナンバー、個人数ともに1ということもあり、今始めるべきとひらめいたのではと思います

 

56歳(Year number2-7)

米田建設の創立記念誌『雨の日には雨の中を 風の日には風の中を』が作られる

どの作品もある意味 未完成だと思っていたみつをにとって、作品を本に残すことは相当抵抗があったが、社史であり限定の記念誌であり非売品でもあったので了承した。しかし出来上がりは作品集のような体裁になっていた この記念誌が人づてで広がり、増刷をかさね数十万部以上になった

イヤーナンバー2は、1が成長するサイクルであり、個人数7は才能を開花させる時期である

この記念誌によりみつをの書の世界が多くの人に知られるようになる

 

59歳(Year number2-10)

処女出版の『にんげんだもの』が出版される

『雨の日には雨の中を 風の日には風の中を』は記念誌で、書店で入手できる本ではなかった。『にんげんだもの』で満を持してのデビューとなった この7年後相田みつをは亡くなる

10は、よりよい状況をもたらすための変化です この本で、本当に多くの熱狂的なファンができました

そして、じわじわと読者を広げ、みつを亡き後もロングセラーを続け、十年という歳月をかけてミリオンセラーとなりました

 

 

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Reported by Chikako Minamitani

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April 9th 2014