
Ayrton Senna da Silva
生年月日 1960年3月21日(没 1994年5月1日)
【数秘からみる人物像】
誕生数:22-13-4 彼が持って生まれた資質
【22】は、創造のナンバー。とても高い霊的感受性と、この現実世界で世の中を大きく揺さぶるよう
とてつもないものを創り上げていく人生。
そこへ辿り着くには、【4】の人生における様々な現実問題に対処し、経験を積み、コツコツとした地道な努力を重ね、しっかりとした基盤をかなり高度なところまで造り上げていなければなりません。その上に、霊的感受性が開かれた時、現実社会の中で偉業を成し遂げていく・・・という とても壮大なものです。
そしてさらに、【13】 創造と破壊を繰り返し、その経験の中から大切なものを学んでいくことで、自分をより高め深めていこうとしています。
それを実現する為には、高い理想や正義感から周りに過度に敏感にならず、そして様々な価値観に振り回され混乱や分裂をすることなく、強い感受性と実行力を持って、様々な課題に取り組んでいくことになります。
そして、自分の利益だけを追求することなく、世の中の為に・・これがとても大切になります。
彼は、類まれない才能があることを若い頃から自覚していたといいます。その才能を開花させる為、出来る限りの努力と犠牲、状況を的確に読み取る感性と行動力で、確実にキャリアをステップアップさせていきます。
様々な圧力や摩擦を経験し、速さを追求するあまり 時には“危険なドライバー”と評された時期もありました。政治的な問題や人種の問題、完璧を求めるがあまりの周りとのギャップ、真実を伝えてくれないマスコミ・・・そんな様々な嵐のような出来事に巻き込まれながらも、彼は誠実に仕事をし、実直に仲間と接し、その頃はまだまだ貧困にあえぐ母国ブラジルを想い、最後には大きな夢に辿り着いたと言われています。
「僕たちは、貧困という海の中で、もはや繁栄の島に住み続けるわけにはいかない」と、彼は言いました。
命を落とす2カ月前には、姉に「社会の役に立つプロジェクトを始めたい」と打ち明けています。セナの死後、その夢は受け継がれ現実となっています。
運命数:70-7 彼の使命
【7】は、探究者のナンバーです。専門知識を磨き深め、得た智慧を世の中に広めていくことで、人々の心を豊かにしていくことが、彼のミッションです。
その上、下ひと桁に【0】が付くナンバーは、直観力や洞察力に優れており、それらのスピリチュアルな能力が目的成就への力となります。
その為には、感情や思考に囚われることなく、他者との境界線を保ち、本当の自分を見つめていくことが課題となります。
歴史に残る偉大なドライバーの中でも、セナはその誰とも共通点がないと言われています。それは、知性と霊性。
マシンの状態や天候などをトータルに分析し、その時々の最高のセッティングをメカニックに指示が出来たこと―まだ、コンピューターが導入されていない時代には、メカニックが必要としたデータを自ら正確に伝えてくれたと言います。
また、セナは心の中で自分のドライビングをコーナーごとのラップタイムまで正確にイメージ出来たことーその上で、イメージを狂わすことなく、ドライブ出来たと言われています。
そして、もともと信仰心が篤いと言われていたセナですが、自分のドライビングを振り返った際、“ある時から、自分の意識を超えた領域で走っていた”とも話しています。
周りの状況に過敏になったり、傷つきやすく、時には毒舌を吐いてしまったり・・実力と結果だけで切り抜けていかなければいけないキャリア、そして、少しの妥協が命取りになる―そんな日々の中、若い頃にはこんなエピソードがたくさんあるのも事実です。ただ、そんな状況の中でも、彼はレースに必要な情報や知識を隠すことなく仲間に伝えていたと言いわれています。
彼と仕事をしたある若手メカニックは、彼と仕事をしたことで自分の誇りを持てたと言っています。
そして、ブラジルの人々は、セナの姿を見て夢見る勇気を与えられたと言われています。
別の側面からみれば、あまり大きく取り上げられることのなかったF1という興業が、世の中で話題となり、チケットが取れない状態にまでの人気を得たのは、セナが活躍していた時代とぴったりと重なっています。
実現数:11-2 彼の人生での可能性・実現された姿
【11】は、霊性のナンバー。
【1】 のあふれる創造力と情熱・そして行動していく強いパワーと、【2】の霊的感受性が倍増される
ナンバー。
霊的感受性を生かし、高く大きなエネルギーを常に昇華させることでの創作・芸術活動が出来るとされるナンバーです。
ただ、繊細な為、自分の殻に閉じこもりがちになると、エネルギーが滞り【1】の自己不信と【2】の迷いが倍増して、心と体のバランスが取れなくなることも・・・それだけ、パワフルということですね。
そのパワフルさと霊性は、先にも述べたように、仕事への飽くなき情熱として発揮されたと思われます。
また、彼が人生の中で一番苦しんだとされる、チームメイトとの確執が騒がれた時代があります。
その頃のセナは、レース以外の部分ではかなりの冷静さをなくしていたようでした。
もう、引退したいとまで思っていた彼は、新しいチームメイトと組み、彼と親しくなることで本来の自分を取り戻し始めます。セナは、レース以外でも人生は楽しめ、チームメイトは、レーサーとして成功するために必要なものを知ることになります。お互いがそれぞれの個性のままで、調和し協調することで、お互いが豊かになる経験をしています。セナが内省に向かう番号ばかりなのに比べ、そのチームメイトは、誕生数が【5】運命数が【8】と外に向かうエネルギーの持ち主だったようです。
ステージ数:12-3 彼の活躍の舞台
彼の霊性とパワーを発揮させるのは、【3】精神的な喜びを人に与えたり、表現をしていく分野。
そして【12】は、コラボレーション・ナンバー。
レーシングドライバーとして彼は、自らの情熱や知性・そして精神性をも表現していました。
歓喜する人々・・彼の周りには、そんな人々の姿がありました。
そして、チームメイトとの逸話は、コラボレーションの賜物だったのではないかと思われます。
ソウル数:6 彼の魂の欲求
【6】は、愛・美・調和を表すナンバーです。
そして、真善美の境地を極め、自己回帰へと向かおうと彼の魂はしていたようです。
また、穏やかな温かい愛に溢れたものも求めていたのですね。彼の家族への愛、母国ブラジルへの想い・・そんなエピソードは、たくさんあります。
そして、彼のレースは美しかった。研ぎ澄まされたものの上にしかない調和のとれた美しさ。そして高い志。
そんなものを、彼の走りにも人生にも感じます。
人格数:10-1 彼の外見的な印象
人格数【1】、意思が強くて情熱的。そして、陽気でピュアな心の持ち主。頭脳明晰で決断力もあり、自信に溢れた姿。F1ワールド・チャンピオンにふさわしい・・・彼の印象そのものです。
そして 【10】は、再誕生のナンバー。恵まれた環境に育ち、苦労なく生きてきた方が、人生のある時期に全く別の道へ変化し、人道的な目的や人を癒していく方向へ向かわれる・・とされるナンバーです。
セナが亡くなる前に思い描いていた“社会に役立つプロジェクト”・・・それがこれに当たるのかもしれません。
その再誕生の時には、“スピリチュアル・ホール”が起こると言われています。彼のYearCycleからみると、33歳の時に起こったのではないかと思われます。ただ、それから1年後、彼は他界します。
チャレンジ数:5 彼にとっての試練
【5】は、変化、そして刺激のナンバーです。
彼が人生を花開かせるために気をつけなければならなかったことは、周りに過敏になったり、自分の殻に閉じこもることなく、常にエネルギーを昇華させていくことでした。
【5】の常に刺激を与え、変化することで自分を活性化すること。相手とぶつかるのではなく、自ら流れを変えていくこと。その波を乗りこなせれば、自分が達成したかったものが実現するのでは・・と、思われます。
Nature数:8 彼が自然と醸し出す雰囲気
【8】は、現実社会で活躍するパワフルな人。
直観力に優れ、向上心を持ってパワフルに行動していく人。でも、ロマンチストでもあり思慮深くもある。
・・・彼から受けた印象、そのままです。
Action数:2 彼の行動パターン
知的で洞察力があり、感受性豊か。その為、細やかな気配りと的確な仕事で信頼を得ていた セナ。
【2】 そのものでした。
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【歴史】
若年期 Youth number :3
【3】 は、明るく・楽しいナンバー。
彼は、経営者として成功した父と温かい母の元、裕福な環境で育ちました。
そして、4歳の誕生日にプレゼントされたカートに夢中になります。
カートの時間を増やすために、学校では集中して授業を受け、毎日毎日カートに乗っては、分解して
自分の思うセッティングに組み立てる・・そんな毎日だったようです。
13歳 (Year number :26-8)
本格的にカートレースに参戦
【8】は達成の時。今まで、コツコツと練習してきた実力を、少し大きな世界で試す準備をしてきたセナ。
ようやくデビューです。
17歳 (Year number :3)
南アフリカのカート選手権でチャンピオンとなる
【3】は、開花し、豊かさを受け取るとき。まさに、喜びにあふれた時だったと思われます。
20歳 (Year number :6)
幼馴染の女性と結婚。
【6】は、慶弔ごとの多い時。そして、結婚にも良い年だと言われます。
またこの年、彼は次のステップアップの為、自ら資金調達することが出来ないか動き始めます。
これまでは、父の援助のもとレース活動をしてきました。そして、父の望みは、ファミリー・ビジネスを継ぐことでした。自らの力で生きる道を模索していた時でした。
21歳 (Year number :7)
レースのステージを1つ上げ、母国を出てイギリスに渡ります。
【7】は、新しいことを始めるのに良い時です。そして、本当の自分を内省する年でもあります。
新しいステージで初優勝を飾りますが、資金不足の為、レースが続けられず家に戻ることになります。
父の仕事を手伝いながら、レース以外の道を模索します。
その時、彼は「レースをもうやめようと思って、違った面を見ようとしたんだ。いくつかのビジネスもやってみた。それで、僕は気付いたんだ。レーシング・ドライバーになりたいという気持ちが、自分の中にいかに強いかということをね。」と、語っています。
22歳 (Year number :8)
彼は、再び イギリスにもどります。
【8】は、達成の時。そして、【9】の完結に向かうための調整が現実問題として起こる時でもあります。
イギリスに戻り、レースのステージを1つ上げ参戦することになります。
しかし、彼の妻はイギリスでの生活には戻りたくありませんでした。そして、離婚。
レースの資金は、自分に投資してもらう形で、父から借りるよう話を付けて。
この年、彼は参戦しているカテゴリーで、チャンピオンになります。
23歳 (Year number :9)
この年、再びカテゴリーを上げレースに参戦します。そしてこのカテゴリーでもチャンピオンとなります。
【9】は、完結の時。そして、次に向かう準備を始める時です。
チャンピオンとなったセナは、自動車レース最高峰のF1へのデビューを決めます。契約金も上り、スポンサーも付き、父への返済もできるようになりました。
そして、今までの登録ネームを英語圏では読まれにくい「ダ・シルバ」から「セナ」に変更しています。
24歳 (Year number :10)
いよいよF1デビューです。
【10】は、新しい変化期。不要なものを整理して、新しいステップへと向かう時です。
そして、ソウル・メイトと出会う時でもあります。
この年、永遠のライバルであり、セナを内面的にも成長へと導くドライバーと出会います。そして、この世界で戦っていく為の肉体改造や自分をバックアップしてくれる環境を整えていきました。
28歳 (Year number :5)
トップチームに移籍し、最高のマシンを得ます。そして、初のワールド・チャンピオンのタイトルを獲得します。また、永遠のライバルであるドライバーとチームメイトになることで、セナの苦悩の日々がはじまりました。
【5】は、変化と障害の時です。現状を良く把握して、衝突にも注意が必要な時でした。
結果は残せたものの、衝突を起こしてしまいます。火種が発生。
29歳 (Year number :6)
チームメイトとのトラブルは、大きくなっていきます。失格処分や裁判など・・最後には、来季のライセンスが発行されないのでは・・というところまで、追い込まれました。セナは、「引退」を口にしましたが、最終的には、謝罪し事態の収束を図りました。そして、ライバルだったチームメイトは、移籍していくことになります。
【6】は調和の時。そして、【7】の飛躍に向かう為に自分を成長させる様々な問題に直面する時でもあります。
30歳 (Year number :7)
【7】は、内省の時。精神の充実を計り、平穏さを保つことで、次の繁栄に向かう。
2度目のワールド・チャンピオンに輝きます。新しいチームメイトを迎え、彼と親しくなることで、セナはレース以外の人生に楽しみを見出せるようになっていきました。ただ、1点に頑ななまでに集中されていたものが、解き放たれた年でした。
31歳 (Year number :8)
3度目で最後のワールド・チャンピオンとなります。この年、悲願だった母国ブラジルでの優勝も経験します。
【8】は、繁栄・達成の時。
この年、チームを移籍しようとするが、説得され残留することに。そして、敬愛していた本田宗一郎の死。
32歳 (Year number :9)
【9】は、一つの流れが完結される時。
この年、長年 共にレースを戦ってきたHONNDAがF1からの撤退を発表。F1という興業自体も一つの時代が終わろうとしていました。
33歳 (Year number :10)
【10】新しい変化期。不要なものを整理して、新しいステップへと向かう時です。
この年から、マシン関係のごたごたなどで、勝てなくなっていきます。
そして、最後の恋人といわれる女性と出会います。この年、セナは再び 引退を考え、次の人生の準備を始めていたと言われています。
しかし、セナが選んだのは、チームを移籍し、再び 最高のマシンを手に入れることでした。
34歳 (Year number :11)
【11】ドラマチック・イヤーと言われます。自分の本質で生きるか・・・それを迫られる時でした。最高のマシンを手に入れたはずでしたが、仕上がりは思ったものではありませんでした。
12年間、大きな事故を起こすことなくレースの開催をしてきたF1でしたが、この年の第3戦の予選1日目で大きな事故があり、翌日の予選2日目には、死亡事故が起こってしまいます。
その日の夜、セナは恋人に電話をかけ、翌日のレースはしない・・と話したと言われています。そんな彼が、考えを変え、向かった決勝レースで自ら事故を起こし、帰らぬ人となってしまいましました。
一度は、出ないと決断した彼がレースに向かうことを決めたのは、レーサー自身の安全性の確保の問題を、その日のドライバーズ・ミーティングで話し合う為だったと言われています。
この事故の2カ月前には、姉に「社会の役に立つプロジェクトを始めたい」と打ち明けていた彼。その前に、仲間の命を守ろうと出かけて行った。それが、自分の本質で生きられるか・・・と問われる年でした。
彼の死の2ヶ月後、生前のセナの願いを姉が受け継ぐことになり、非営利団体“アイルトン・セナ財団”が設立されました。
ブラジル、特にセナが生まれたサンパウロでは、スラム街で物乞いをして生きているストリート・チルドレンが、その後、働く術がなくギャングとなっていく現実があります。それは、“自己を尊厳する意識が低く、社会を信用していないことが原因となって、不運を共有している者、生きるための術を共有している者がと徒党を組んでいる”為と考え、それを解消するために、合法的な職業に就かせるための職業訓練、スポーツ・トレーニングを通じての自信と尊厳の回復を助けようとして、活動されています。
彼がこの人生で成し遂げたかったことは、彼が自身の目で見ることは出来ませんでしたが、現実社会にしっかりと創造され、真の意味で“豊かさ”を与えることになっています。
reported by Saeko Doi
Aeons numerology basic 5th class @ Kansai
April 9th, 2014