「戦う音楽」と「愛の音楽」
今日は、“おざりん”こと小澤勝也さんの『二代目になると、自分で決めて生まれてきました』出版記念パーティに出席。
おざりんは、私の出身地“千葉県鎌ケ谷市”にて「株式会社ヤサカ」という、日本一の売上を誇る折箱製造会社を経営しています。
(実は小学校・中学校も一緒だったりします(^^))

3曲弾き語りをやったのですが、まず1曲目には、先月の社員研修で90分のワークショップで作った『ヤサカの歌』。
2曲目に、本1冊を曲にしたオリジナルソング『二代目になると、自分で決めて生まれてきました』。
3曲目に、一人一人のおざりんに対するお祝いメッセージを1曲にまとめる形で、即興ソングをその場で作曲しました。
泣いて、笑って、感動していただいて、とにかく場のあたたかさと一体感がスゴかったです。
特に、即興作曲って「共演作品」なので、場のエネルギーにすごく影響を受けるんですよね。
初めて聴く曲なのに、皆さん手拍子どころか“合いの手”までしてくれて、アーティスト冥利につきる瞬間でした。
この『二代目になると、自分で決めて生まれてきました』という本は、衝撃的な書き出しで始まります。
「みんな、申し訳ない。
この会社は、このままだと本当にダメになる。
でももう、これ以上、どうしたらいいのか、わからない……。
今までのやり方が間違っていた。どうか、許してほしい……。
みなさん、助けてください。お願いします!」
実際に、今から15年ほど前に、社長であるおざりんが幹部社員の前で涙ながらに謝ったときの言葉だそうです。
父親であり創業社長でもある先代から会社を引き継ぎ、必死になって会社経営をしたのに、売上は落ち続け、社員は辞めていく、という悪循環。
「何とかしなければ」と孤軍奮闘で戦って、でもどうすることもできず、お手上げ状態で最後に辿り着いたのが先ほどの言葉だったとか。
でもそこから、自分一人で「戦う経営」から、社員を信頼する「愛の経営」に転換したところ、今ではノルマなし・売り込みなし・会議なし(おまけに社長はほとんど不在)で業界日本一という成果を出しています。
もちろん、このエピソードと比べられるようなものではありませんが、この話を聴いて思い出したことがありました。
それは、自分がまだライブ活動を始めてまもなくの頃。
ライブに来ていただいたお客さんに、「僕には技術がありません。演奏も決して上手ではありません」と告白したことがあったんです。
人前でお金をいただいてライブをするのだったら、当然、それ相応の技術がなければならない、と思っていました。
でも、ステージに立つことは自分の本心と対話することなので、続けているうちに、『技術がないにもかかわらず、あるふりをしている自分』に違和感を感じ、葛藤するようになっていったんです。
言葉にすることはとても勇気のいることでしたが、それがとても大きな転機になりました。
なぜなら、そこから『技術がなくても音楽を通して人を喜ばせる方法』について誰よりも考えるようになったから。
たった一人のために曲を贈る「ソングレター」も、即興でその場のためだけの曲を作るのも、そこから生み出されたもの。
それを続けていった結果、気づいたら自分にしか出来ない音楽スタイルが確立して、昨日もそのスタイルで幸せな場を創れたのだと思うと、何だか感慨深いです。
経営に「戦う経営」と「愛の経営」があるとするならば、音楽にも「戦う音楽」と「愛の音楽」があるような気がします。
僕の中での定義は、前者は「人に何かを強制する音楽」で、後者は「人を自由にする音楽」。
どっちもあっていいと思うのですが、僕は「人を自由にする音楽」を体現していきたいなとあらためて思った一日でした!
▼『二代目になると、自分で決めて生まれてきました』小澤勝也
http://www.amazon.co.jp/dp/4861133475


おざりんは、私の出身地“千葉県鎌ケ谷市”にて「株式会社ヤサカ」という、日本一の売上を誇る折箱製造会社を経営しています。
(実は小学校・中学校も一緒だったりします(^^))

3曲弾き語りをやったのですが、まず1曲目には、先月の社員研修で90分のワークショップで作った『ヤサカの歌』。
2曲目に、本1冊を曲にしたオリジナルソング『二代目になると、自分で決めて生まれてきました』。
3曲目に、一人一人のおざりんに対するお祝いメッセージを1曲にまとめる形で、即興ソングをその場で作曲しました。
泣いて、笑って、感動していただいて、とにかく場のあたたかさと一体感がスゴかったです。
特に、即興作曲って「共演作品」なので、場のエネルギーにすごく影響を受けるんですよね。
初めて聴く曲なのに、皆さん手拍子どころか“合いの手”までしてくれて、アーティスト冥利につきる瞬間でした。
この『二代目になると、自分で決めて生まれてきました』という本は、衝撃的な書き出しで始まります。
「みんな、申し訳ない。
この会社は、このままだと本当にダメになる。
でももう、これ以上、どうしたらいいのか、わからない……。
今までのやり方が間違っていた。どうか、許してほしい……。
みなさん、助けてください。お願いします!」
実際に、今から15年ほど前に、社長であるおざりんが幹部社員の前で涙ながらに謝ったときの言葉だそうです。
父親であり創業社長でもある先代から会社を引き継ぎ、必死になって会社経営をしたのに、売上は落ち続け、社員は辞めていく、という悪循環。
「何とかしなければ」と孤軍奮闘で戦って、でもどうすることもできず、お手上げ状態で最後に辿り着いたのが先ほどの言葉だったとか。
でもそこから、自分一人で「戦う経営」から、社員を信頼する「愛の経営」に転換したところ、今ではノルマなし・売り込みなし・会議なし(おまけに社長はほとんど不在)で業界日本一という成果を出しています。
もちろん、このエピソードと比べられるようなものではありませんが、この話を聴いて思い出したことがありました。
それは、自分がまだライブ活動を始めてまもなくの頃。
ライブに来ていただいたお客さんに、「僕には技術がありません。演奏も決して上手ではありません」と告白したことがあったんです。
人前でお金をいただいてライブをするのだったら、当然、それ相応の技術がなければならない、と思っていました。
でも、ステージに立つことは自分の本心と対話することなので、続けているうちに、『技術がないにもかかわらず、あるふりをしている自分』に違和感を感じ、葛藤するようになっていったんです。
言葉にすることはとても勇気のいることでしたが、それがとても大きな転機になりました。
なぜなら、そこから『技術がなくても音楽を通して人を喜ばせる方法』について誰よりも考えるようになったから。
たった一人のために曲を贈る「ソングレター」も、即興でその場のためだけの曲を作るのも、そこから生み出されたもの。
それを続けていった結果、気づいたら自分にしか出来ない音楽スタイルが確立して、昨日もそのスタイルで幸せな場を創れたのだと思うと、何だか感慨深いです。
経営に「戦う経営」と「愛の経営」があるとするならば、音楽にも「戦う音楽」と「愛の音楽」があるような気がします。
僕の中での定義は、前者は「人に何かを強制する音楽」で、後者は「人を自由にする音楽」。
どっちもあっていいと思うのですが、僕は「人を自由にする音楽」を体現していきたいなとあらためて思った一日でした!
▼『二代目になると、自分で決めて生まれてきました』小澤勝也
http://www.amazon.co.jp/dp/4861133475

