こんにちは、香澄です。
名スピーカーが集まる、TEDの動画。
ひさびさに見てたら好きなスピーカー見つけました。
デビット・ケリー
「自分のクリエイティビティに自信を持つ方法」
この人の発想、
私がずっとやりたいと思ってたことの
お手本だなあ…!って思って。
とはいえ、
私はまだまだクリエイティビティについて
試行錯誤中の身でありますけどね。
ただ、子供の頃に感じた
「自分のクリエイティビティが許されている感覚」
このなんともいえない幸福感が
忘れられないんだよね。
それを、管理社会に入り、
さらに大人になった今も再現するにはどうしたらいいのか?
というのを私なりに、模索中なんですよね。
人によってそのプロセスは違うだろうから。
ただ、この動画の中の
ヘビに慣れるにはどうするか?
というのはすごく参考になると思う。
とにかく、
ステップのひとつひとつ手の届くところまで
小さく小さくすること。

それにしても、
クリエイティビティを発揮する以前に
ちょっと拒絶されただけで
人って凹んであきらめちゃうんだなって。
拒絶どころか、
ちょっと気づかれない、
見てもらえないだけでもですね。
それくらい、創造性ってのは傷つきやすい。
でも逆に、
それって実にもったいない。
――――――――
だから、以前は
人の自己表現に対して
関心を寄せてあげたり
褒めてあげるのがいいことなのかなって
思っていました。
おそらく、必要以上にやってた時期もあるはず。
そして、誰より自分がそうしてほしかった。
「今日も頑張ったね」
「すごい!素敵なことを考えたね」
なんて。
それによって多少は自信が持てた…気がするんだけど。
でもねー。
それって裏返しもあるんだと思ってまして。
対子供ならそれもいいんだろうけど。
ハタチ越えてからは微妙なのです。
まずは、
関心や褒めの演技色が強くなり過ぎること。
(演技はどんなときも多少あり得るけど
強くなりすぎるとしらじらしいのですね)
そして、
褒められることを目的にした
クリエイティビティになること。
(厳密にはクリエイティブではない)
で、今思っているのは
それもそれで必要だけど。
自己表現の初期には
「関心を持たれない、褒められない時期もあるんだ」
ということを知る必要もあるんだって思う。
どうにも期待どおりにならないことへの耐性、ね。
その耐性が育つものだってことを知る以前に
褒めたりちやほやし過ぎるのも
考えたら不自然な話かなぁって。
その代わり、
しっかりと創造のプロセスを経ると
本当の意味で関心を持ってもらえるときも来る。
そっちの方が嬉しいよね。
っていうことを
体に覚え込ませる方が強いんではないかなと。
このバランスは難しいですけどね。
振り向いてもらえないことを
周りが過剰に心配しすぎることで
本当に創造の芽が伸びるまでの熟成期間を
奪っていることにもなる。
ちやほやされないときもある。
というかちやほや自体は嬉しかったとしても
クリエイティビティの本当の目的じゃない。
「それでもやるんだ」って気概、必要だなあ。
そう思う最近なのです。
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