親族のお葬式の話 | いつどこ in あさひかわ 〜Anytime Anywhere in Asahikawa〜

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しがない主婦と3人の娘たちの冒険ブログ♫

しばらくの間
お休みをいただいていましたショボーン

この1週間は、
祖母の最期を看取るところから始まり
通夜に葬儀にお七夜に…と
気忙しい週でした。

おかげさまで無事に終了しましたニコニコ

娘のお守りだけだったので
特にすることはなかったのに、
不思議なもので
礼服を着るだけで、緊張するのか
終わってからは
重い鎧を脱いだような疲労感が…ガーン

何よりも…妊娠中すら入っていた礼服が
昨今の激太りで入らないという事件
通夜当日になって判明し、
いろんな意味で大きな痛手を負いました。
幸いあてをつけていた一件目で見つかりましたが。
なぜ娘の礼服にはあんなに気を使ったのに
自分のは事前に確認しなかったんだと
葬儀以上に悲しい気持ちになりました。

と、まぁ恥ずかしい話はここら辺にして。

今回は夫の父方の祖母で、享年92歳。
長いこと病気をしていましたが、
穏やかな最期を迎え
眠るように息を引き取りましたニコニコ

夫は4年前に
最愛の父方の祖父を亡くしたのですが
当時東京で
ブラック企業の中間管理職にいた夫は
田舎に帰る休みをもらうことができず
死に目どころか、
葬式にも参列できませんでした。
その時の夫の悲しそうな顔は
今でも忘れることはできませんショボーン
それ以降、祖母の最期だけは…と
思っていたので、今度は対面できて
本当に良かったな、と思いました。

関わりがあるないに関わらず、
人の死というのは悲しいものです。

私がお嫁に来た時は、
祖母はすでに
新しい人を認識することができず
目も見えていなかったので、
私とは一度も
言葉を交わしたことはないのですが
娘のことはとても可愛がってくれ、
初めは怖がっていた娘も
最後は近寄って声をかけられるまでになり
血って、やっぱり濃いんだな
と感じさせられました。
私にとっては
私の大事な人のおばあさんなので、
やはり大切な存在でした。

頑張って生きたんだな、と思ったら
やっぱり涙がこぼれました。

通夜告別式はベルコ会館、
火葬は市営の東旭川にある旭川聖苑
行いました。

火葬場は市営ながらに古くても綺麗で
売店や授乳室、オムツ交換、
キッズスペースまであり、
思いの外ハイテクでビックリしました。
旭川中の葬儀場から運ばれるので
その日も
たくさんのご家族が来ていました。

夫の親族と会うのは
今回が初めてで、緊張しましたが
(結婚式は母方の叔父夫婦と叔母だけの出席)
親戚って面白いもので
並べてみるとどこかしらパーツが
夫やおとうさんによく似ていて
それをおかあさんに話したら
笑われてしまいました。

夫の4人の従兄弟(男ばかり)も
初めてお会いしました。
とても優しい方ばかりで
一緒に楽しくお話できました。

娘にも5人の
はとこちゃんがいることが判明。
そのうち3人は年が近く、
娘はずっとおにーちゃん、と大はしゃぎ。

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葬式に来ているのにこのはしゃぎよう…

でも、大人たちに囲まれるより
ずっといいですよね照れ

参考までに書きますが、
親族の葬式は思った以上に長いです。
お通夜の日は3時半に集合し、
解散は10時でした。
告別式は朝8時集合の4時解散
これだけの時間子供を拘束するのは
なかなか酷です。(大人だって辛い)

なので、必需品としては
・着替え(帰りは楽な格好で帰るため)
・おやつとジュース
・音のならないおもちゃや本
・おにぎり
・オムツ一式
でした。

ベルコ会館は、広くて設備も綺麗で
オムツ交換も捨てることもできます。
控え室は大きな和室が2部屋
テレビもついていました。

食事もビックリするほど豪華で(笑)

ただ、子供のご飯の用意がなかったので
基本はとりわけか、
おにぎり持参でした。

旭川聖苑で出たお弁当は、
あんまり娘の食べれるのがなくて
バームクーヘンとちょっとのご飯、
シャケでなんとか食べさせました。
意外にもお吸い物が気に入ったようです。

控え室もロビーも全く防音効果はなく
音楽や声がダダ漏れだったので、
やっぱりお絵かきとか、シールとか
ブロックとかがベストです。

参列して
北海道あるあるも見つけたのですが
長くなるのでまたの機会にします。

とにかく、無事に終わりましたニコニコ
本日より普通の生活に戻ります。
ご心配をおかけしました照れ

また、やったことに関しては
過去記事として、あげますので、
お時間があれば
一覧から見ていただければ幸いです。