こんにちは。山崎有希子です。
先月末、叔父が亡くなったと連絡があり、私の姉が、葬儀の前に叔母のところへ行ってきました。

叔母はとても明るくて面倒見の良い人なのですが、叔父の思い出話どころか、
「小学校の運動会には毎年行ってあげたわよね~」
「授業参観にもいってあげたわよね~」
「○○にも連れていってあげたわよね~」
と、姉に【~してあげた】話しかしなかったそうです。
私の母が息を引き取る前に、
「おばあちゃんとこどもたちをお願い」
と叔母に言ったらしいのですが…。
父が亡くなったときには、
「私はおじいさん(父の父)にあんなにしてあげたのに」
と、暗に遺産を分けてほしいと訴えてきたこともありました。
叔母は田舎育ち、5人兄弟の長女さん。
小さい頃から、農家で忙しい親に代わり、年の離れた幼い弟妹の世話をずっとしてきた人です。
叔父のお通夜のあと、「おじさんが喜ぶから、たくさん食べてゆっくりしていってね」と声をかけてくれましたが、
その笑顔の裏に、本当はやりたくもない手伝いやら世話やらを、親にほめられたい一心でやってきた思いが観えました。
執念。
執念で人のお世話をしてきたのですね。
【これだけしてあげたのだから】と、無意識に見返りを求めて。
これは重いです。
叔母も、お母さんに褒めてもらいたかったんだろうなあ。
褒めてほしいときに褒めてもらえなかった寂しさが、恨みにも似た感情に育ってしまったのかもしれません。
姉とふたり、お互いの子どもたちのお世話は、やるなら自分の意思で、やりたくないなら頼まれてもやらないようにしようねって合意しました。
明るくていい人なんだけど。
叔母が病気になる前に、恨み辛みが解放されますように。
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