●必ずお母さんを元気にしてあげるから!
こんにちは。山崎有希子です。
お母さんのお腹の中にいるときに、つまり胎児期に、お母さんを助けたい、お母さんの役に立ちたいと思うあまり、お母さんのネガティブな感情を取り込んでしまって、その感情や思考を自分のものだと思い込んでいる。
そんなクライアントさんがけっこういらっしゃいます。
赤ちゃんは親(特にお母さん)を選んで生まれてくる、その記憶を持ったまま大きくなった子たちもいるそうですね。
ちなみに二女は、「空の上で、あ~この人もう見ていられない(><)って思ってさ」と、私のお腹に来た子です(笑)
私が小さい頃、母はとてもヒステリックだったと、父から聞いていました。
私自身も母に怒られたことはよく覚えています。
上野動物園で迷子になって、ビンタされたこと。
帰りが遅くなって、お仕置きで物置小屋に閉じ込められたこと。
この2つはカラーで思い出せます^^;
私は胎内記憶はありませんが、先日、掘り下げが進まずに二女に手伝ってもらったら、意外な展開になりました。
私が母のお腹にいたとき、母はうつ病だったんです。
(どうしてわかるのかは、ここでは省きます~)
母は秋田から家出同然で上京し、働いていた病院に、私の祖父が入院。
そのとき祖父が母を気に入って、父との縁談をもちかけて成婚したと聞いていました。
創造主に訊いてみると、母は、父のことが大好きで結婚したわけではなさそうで…。
田舎から出てきて頼る人もなく、毎日働きづめ。
農家なら食べものに困ることはないし、真面目そうな人だ。
気に入ってもらえたんだから、大事にしてくれるだろう。
そんな妥協があったようです。
けれど、結婚生活は母の想像よりも厳しいものだったようで。
お腹の中で、私は、そんな母の感情を感じとって、「お母さんの病気を治す!お母さんを元気にしてあげる!」と決心したようです。
私がうつの人を癒すと決めたことも、こんなことがあったからなんですね。
自分で決めたのに、そうでないような感覚。
胎児の頃の決意だなんて、なんだか不思議ですが。
母は私たち三姉妹を産んだあと卵巣がんになり、入院からたった1ヶ月、30歳という若さでこの世を去りました。
卵巣って、命の元になる卵子が生まれる場所。
自分は何のために生まれたんだろうという気持ち、苦悩が、強かったんだろうなと思います。
母は、女に生まれた幸せを感じることは出来たのだろうか?
せめて、私たち姉妹を産み育てたことで、母としての幸せを味わったと思いたいです。
赤ちゃんはみんな、お母さんが大好きで、お母さんを助けたくて、お母さんの役に立ちたくて。
それゆえに、無意識にお母さんのためにと我慢したり、理不尽な要求に対しても言うことを聞いてしまったりするのだろうと思います。
胎児の頃、小さな子どもの頃の感情を言葉で表すのは難しいので、レイキヒーリングが、記憶のない時期の癒しになれば、と思っています。
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