先日、これから起業をしたいという新潟の女性達の前で話す機会がありました。
久しぶりの公の場ですが、与えているようで、与えられていることが多々があります。
そうして、ちょっと前までは強く思っていながらも忘れた振りをしていた物事について、初心に返ったように思い出すことになって、“自分のブレ”のようなものを矯正するきっかけを与えられるのです。
起業するとかしないとか、そういうことに関わらず、“自分は何のために生きているのか”“何のために仕事をしているのか”そういうことを考えることって誰しもあると思います。
仕事をしている限り、売上とか利益とか儲けとか・・・お金についてを意識せずにはいられないのですが、もっと精神的な“やりがい”みたいなもの。数字だけではなく、いや、それにつながるために動ける原動力のようなものです。
そんなことを考えて、自分の原点のようなものを振り返ってみたら、実はそれほど大それたものはなく、細かいきっかけなようなものが積もって今があるようです。
私が自分で何がしたいのか、見つけられず、そして会社選びについても“やりがい”で選ぶのか、それとは別に環境で選ぶのか決めかねていて、巡り巡って適正やら夢とか希望とかどうなりたいとか、全て全てゼロになっていた頃。
結局は家庭の事情なんかもあり、社員として働くことを選択し、当時勤めていた派遣の仕事を辞めることにして、最後の出勤の日。
パソコンに比較的詳しい(ことになっていた)私は、小さな事務所の営業さんに操作などを尋ねられて。
日中は営業に出ているので、あまり話すことのないその方に、「阿部さんは人に何か教える人になったらいいよ」と言われたのです。
そういえば、大学を選ぶときも、母が「あなたは教師になったら?」とも言われていました。
ただ、本人はピンと来ず、教養も足らずでその道は選ばなかったけれど、今となっては何となく点と点が線で結ばれたような気がしています。
今現在、こうやって招いていただいて、人の前でスピーカーをする機会を与えられていたり、メールなんかでサポート的なことをして“人に何かを教えること”は日々、何気なくしているのですが、その他にもっと分かりやすいスクール的な事業はしていません。
ただ、だいぶ昔に言われた何気ない一言たちが、なんとなくモヤモヤと体の中に残っていて、第三者から見える自分の適性というのが、次へのきっかけになるような気がしています。
誰の為に何がしたいのか、何ができるのか。
自分は何を求められているのか。
自分の中だけではなく、他の人から言われたことなんかをつなぎ合わせてみると、自分の存在する意味のようなものや、これからがんばる指標みたいなものが見えてくるかもしれません。
久しぶりの公の場ですが、与えているようで、与えられていることが多々があります。
そうして、ちょっと前までは強く思っていながらも忘れた振りをしていた物事について、初心に返ったように思い出すことになって、“自分のブレ”のようなものを矯正するきっかけを与えられるのです。
起業するとかしないとか、そういうことに関わらず、“自分は何のために生きているのか”“何のために仕事をしているのか”そういうことを考えることって誰しもあると思います。
仕事をしている限り、売上とか利益とか儲けとか・・・お金についてを意識せずにはいられないのですが、もっと精神的な“やりがい”みたいなもの。数字だけではなく、いや、それにつながるために動ける原動力のようなものです。
そんなことを考えて、自分の原点のようなものを振り返ってみたら、実はそれほど大それたものはなく、細かいきっかけなようなものが積もって今があるようです。
私が自分で何がしたいのか、見つけられず、そして会社選びについても“やりがい”で選ぶのか、それとは別に環境で選ぶのか決めかねていて、巡り巡って適正やら夢とか希望とかどうなりたいとか、全て全てゼロになっていた頃。
結局は家庭の事情なんかもあり、社員として働くことを選択し、当時勤めていた派遣の仕事を辞めることにして、最後の出勤の日。
パソコンに比較的詳しい(ことになっていた)私は、小さな事務所の営業さんに操作などを尋ねられて。
日中は営業に出ているので、あまり話すことのないその方に、「阿部さんは人に何か教える人になったらいいよ」と言われたのです。
そういえば、大学を選ぶときも、母が「あなたは教師になったら?」とも言われていました。
ただ、本人はピンと来ず、教養も足らずでその道は選ばなかったけれど、今となっては何となく点と点が線で結ばれたような気がしています。
今現在、こうやって招いていただいて、人の前でスピーカーをする機会を与えられていたり、メールなんかでサポート的なことをして“人に何かを教えること”は日々、何気なくしているのですが、その他にもっと分かりやすいスクール的な事業はしていません。
ただ、だいぶ昔に言われた何気ない一言たちが、なんとなくモヤモヤと体の中に残っていて、第三者から見える自分の適性というのが、次へのきっかけになるような気がしています。
誰の為に何がしたいのか、何ができるのか。
自分は何を求められているのか。
自分の中だけではなく、他の人から言われたことなんかをつなぎ合わせてみると、自分の存在する意味のようなものや、これからがんばる指標みたいなものが見えてくるかもしれません。