3階建ての 我が家は

どの階でも 電話が取れるように

 

1階に 親機

2階 3階に 子機を

設置してる

 

 

電話がかかってくると

 

私が取るより 先に

別の階で

母が出ることが ある

 

 

今どきは

詐欺等の迷惑電話も 多いので

 

もちろん 迷惑電話防止装置を

つけてはいるけれど

 

それでも 完全に

防ぎきれるものでは ない

 

 

母には

 

電話は 私が出るから

おかあさんは 絶対出ないでね

 

いつも いつも 言っている

 

 

ん ・ だ ・ け ・ ど

 

 

そのことを 忘れてしまうのが

認知症

 

 

マンガに描いたように

 

その日も 母は

かかってきた電話に

出てしまったのだった

 

 

 

 

20年ほど前まで

 

友だちの多い 母の

コミュニケーションツールは

電話だった

 

今みたいに

SNSは なかったので

 

お友だちと

出かける約束をするのも

 

お悩み相談をするのも

 

全て 電話だった

 

 

母には

そんな記憶が 残っていて

電話のベルが鳴ると

つい 出ちゃうんだろう

 

 

 

幸い

その日の 電話の相手は

母の友人だったようで

 

私が 階下に下りてきてからも

しばらく

 

親しげに 相槌を打ったり

楽しげに 笑ったりして

話は 続いていた

 

 

 

93歳認知症の母に

電話をかけてきてくれる

 

そんな 奇特な人は

多くない

 

母と話したい

と 思ってくれて

 

電話をかけることが できて

 

且つ

昔の思い出話を

母と共有できる人に 限られる

 

昔の話なら

母にも まだ記憶が残っているので

そこで 少しは

会話が 成立するからね

 

そんな 高いハードルを

超えられるのは

今や せいぜい

ひとりか ふたり

 

 

電話の相手は Aさんかな

もしかしたら Bさん?

 

母の話す声を

私は

聞くとはなく 聞きながら

そんなことを 考えていた

 

 

 

すると その会話が

 

久しぶりに 会いたいわねえ

 

老い先 短いんだし

今 会っておかないと

 

急に 盛り上がり始めた

 

 

でも 電車は

駅に階段もあって 大変だし

 

あんまり長くは 歩けないし

 

と 今度は 盛り下がり

その話が 途切れそうになった

その時

 

母が 突然

 

じゃ 私

娘に頼んで

そっちに 連れて行ってもらうわよ

 

な~んて 言い出した

 

そして 相手に

期待を持たせるような 言葉を

続け

 

母は 電話を切ったのだった

 

 

私は

その 直後

 

マンガには 描かなかったけど

 

おかあさん

Aさん家は

行くとしたら 一日がかりよ

 

Bさん家だったら

それよりは 少し近いけど

でもやっぱり 遠いわよ

 

と 暗に

 

行く なんて

気軽に約束されても 困る

 

ということを

母に伝え

 

今の電話の相手は 誰だったの?

 

と 聞いてみた

 

 

すると

 

母は

人差し指を 顎に当て

小首をかしげて 言った

 

 

え…わかんない

誰だったのかしら

 

 

誰だったのかしら

 

 

誰だったのかしら

 

 

え…

相手が 誰だか わからなくて

あんなに長電話

 

しかも

親しげに 楽しげに

 

そんなこと

フツーは できないよ

 

 

そんな 常人離れしたスキル(?)

に 驚愕しつつ

 

私は

 

おかあさん

誰か わからないなら

約束なんかしないでよ

 

相手の方は

期待して 待ってるわよ

 

と 返したのだけど

 

 

それに対しての

母の言葉は

想像の 斜め上をいった

 

いや 冷静に考えれば

想定内だったはず

 

ああ 私

まだまだ 修行が足りない

 

 

 

えっ 約束?

なんのこと?

 

約束なんて してないわよ

 

 

 

 

私は

電話機に残っている 番号から

相手が Aさんであることを

確認した

 

そして Aさんが

母の約束の言葉を

どんな風に 受け止めたのか

その後 ずっと

気になっていた

 

 

 

 

後日

 

母が デイホームに

行っている間に

Aさんから

電話がかかってきた

 

 

ああ おかあさんは 今日は

デイホームの日だったわね

 

うっかり 忘れていたわ

 

そう言う Aさんに

私は 遠回しに

過日の 約束のことを

聞いてみた

 

 

Aさんは

全然 覚えていなかった

 

この歳になるとねえ

話したこととか

み~んな 忘れちゃうのよね

 

そう言って

ホホホ…と笑った

 

 

私は

Aさんが

母の言葉に

まったく こだわっていないことに

ホッとした

 

そして 思った

 

 

Aさんは

認知症ではない

 

それでも

同じ年に 生まれて

同じだけ 時を重ねる間に

同じように 老いてきて

 

その暮らしの中で

大切なことは

おそらく

 

コスパとか タイパとか

有言実行とか 初志貫徹とか

そんな

 頑張るようなことでは 全然なくて 

 

昔 同じ時を過ごしたひとと

若い頃を 振り返る

 

今は

そんな

まったりと 懐かしい時間を

過ごすことなのかも

 

 

だとしたら

 

 

 

私は

Aさんと 母との関係に

かすかな希望が 見えた気がして

 

思わず

神さまに祈った

 

 

4分の3世紀以上 紡いできた

ふたりの友情が

 

これからも

 

一日でも 長く

続きますように