先日

 

証券会社勤務の 友人が

 

ちょっと愚痴 言ってもいい?

 

と 電話をかけてきた

 

 

 

彼女は 私が

 

何があったの?

 

と言葉を発する 前に

 

実は 顧客から 電話で

いきなり 怒鳴られちゃってさあ

 

と 弾丸のように 話し始めた

 

 

 

その顧客は

彼女の会社で

10年ほど前に 投資信託を買っていた

高齢の女性

(それを売ったのは 前の担当者)

 

 

その投信が 徐々に値下がりして

最近

とうとう 半額になった

 

 

老後の資金を 信用して預けたのに

あんまりだ

 

どうしてくれる?

 

と 文句を言ってきたらしい

 

 

だけど 調べてみると

 

その投信は

買ってから 10年間

毎月 分配金が出ているので

 

額面としては 半額になっているけど

トータルリターンとしては

プラスになっている

 

 

例えば 10万円を預けて

毎月1000円づつ 受け取っていれば

 

10年後に 預けたお金が

5万円に減っていても

それは

預けてよかった ってことに

なりますよね?

 

噛み砕いて そんなふうに説明しても

全然 理解してくれないそうだ

 

挙句の果ては

夫まで 電話口に出てきて

罵詈雑言を吐いたらしい

 

 

友人は 深い溜め息をつきながら

 

私には

こういう仕組みを 理解もしないで

投信を買ってることのほうが

理解できないわ

 

そう 言った後

言葉を付け加えた

 

あの夫婦 揃って

「認知症」

なんじゃないかしら

 

 

「認知症」

 

 

その言葉に

ピピピ と反応した 私

 

でもさ 明日は我が身だよ

 

そんな言葉が

口を衝いて 出た

 

 

だいたい 今

この物価高で 景気も悪くて

年金も目減りしてて

 

老後の資金が減ることに

ナーバスになる気持ちは わかるわよ

 

全力で その老夫婦に寄り添う

 

 

だって

私自身

 

最近 忘れ物や勘違いが

やたら多い

 

 

実は

 

つい先日も

やらかしてしまったのだった…

 

 

 

 

 

 

その日

 

近くの 雑貨量販店に行って

2時間近く 店内をうろつき

 

そろそろ 帰らなくちゃ

 

と お店を出て

自転車に 乗ろうとした時

気がついた

 

あれ? ケータイがない

 

 

バッグの中には ない

 

パンツのポッケにも

セーターのポッケにも

コートのポッケにも

ない

 

ない ない ない…

 

 

ぶつぶつと 何か言いながら

体じゅうを

両手で ポンポン叩き続ける

怪しいオバサン

 

それは 私

 

 

頭の中で アラームが鳴る

 

日頃 動きの鈍い頭が

いきなり 高速で回転し始め

これまでの 自分の行動を

反芻する

 

 

お店に入った時

ケータイは あった

 

トイレ用品売り場で

時間を 確認した

 

キッチン収納のところで

商品の写真を 撮った

 

それから… それから…

 

 

大丈夫

きっと 見つかるはず

 

だって

ここは 日本

 

たいした根拠は ないけど

そう考えて

自分の気持ちを 落ち着かせる

 

 

 

私は 取り敢えず

カスタマーセンターに向かった

 

 

その途中

ここのカスタマーセンターが

いつも 混んでいることを

思い出した

 

ヤバイ

母が デイホームから戻る時間に

 間に合うか

 

それとも 今日は諦めて

明日以降 出直すべきか

 

悩んで

一瞬 足が止まった

 

 

私は 最近

認知症母が 帰ってくる時

必ず 家に居るようにしていて

鍵を持たせていない

 

玄関扉を新しくして

スマートキーになったら

母が その扱い方を

なかなか覚えてくれない

 

という理由と

 

家に帰った時 私がいないと

不安になって

母が 私を探して 徘徊しかねない

 

という理由から

 

 

だから

家に 母より遅く

帰るわけには行かない

 

でも

 

出直すとなると

数日 ケータイがないことになる

 

ありえない

 

それって

翼をもがれた鳥 同様だよ

 

 

私は

再び 歩を進める

 

 

でも… おかしいな

たしか 40歳過ぎくらいまでは 私

ケータイのない生活を

していたはず

 

な~んて

余計なことも 考えながら

2階にある カスタマーセンターに

到着

 

 

焦りながら

待ち人数を示す紙を 取ると

幸い

待っているひとは 二人だった

 

いつもより 少ないことの幸運を

喜びながら

私は 何気に

カウンターの方に目をやった

 

 

あれ?

 

もしかして

カウンターの後ろの台に置いてある

あのケータイ

 

私のじゃない?

 

透明なカバーの

モスグリーンのiPhone

 

 

私は 小躍りした

 

思わず 胸の前で

小さく 手を合わせ

 

ケータイを届けてくれた

心やさしい誰かに 感謝した

 

 

それからは

店内を流れる ポルノの曲に合わせて

小さい声で 歌ったり

俄然 気持ちに余裕が出てきた

 

ただ

母が 帰ってくるまでの

時間的余裕のほうは ない

 

 

係の人は

前のお客の対応に

あちこちに 問い合わせたり

連絡して

少し 手間取っているようだった

 

 

これは

間に合わないかも

 

かなり 気持ちが焦ってくる


 

私は しばらく

カウンターの壁にある

時計の 秒針を

目で追いかけていたけれど

 

ダメだ

やっぱり 出直すしかない

 

諦めて

列を離れようとした

その時

 

用が済んだらしく

前のお客が 終わったようだ

 

 

私は

番号が呼ばれると同時に

弾けるように カウンターに突進し

言った

 

すいません ケータイなくして

 

そこにある それ

私のです!

 

 

腕を大きく伸ばし 指で指し示すと

従業員は その方向に目をやり


あ これですね

 

そう言いながら 右手を伸ばして

後ろの台の上の ケータイを取った

 

私は それを 押しいただくように

両手を出した

 

従業員は

私のケータイを 左手に持ち替え

右手で デスクの下から紙を取り出し

ケータイの代わりに

私に それを渡しながら

言った

 

この書類に

ご記入 お願いします

 

 

えっ…

 

 

私は 両手を出したまま

絶句した

 

だって その紙には

住所 氏名 電話番号

いつ どこでなくしたか

記入するところがあって

 

そこそこ 時間がかかりそうだった

 

でも 書かないと

ケータイを 返してくれないだろう

 

 

時間がないのに

 

そう思う気持ちが 字にも現れたか

私の書く字は いつも以上に

ミミズがのたくっていた

 

 

すると

その様子を見ていた 従業員が

突然

 

あ…

 

と小さい声を 出し

遠慮がちに 言った

 

その番号で

ケータイに電話できます?

 

 

ええ もちろん!

 

私は

書きながら 答えた

 

だって

そこに 記入したのは

我が家の家電(いえでん)の番号だ

 

家からケータイには

いつも 電話している

 

 

きっぱり 言い切った私に

従業員は 明らかに戸惑っていた

 

私は 書く手を止め

顔を上げ

従業員を見た

 

彼女は いったい

何を言いたいのか

 

見つめ合う 二人

 

 

その時

その従業員が

私のではないケータイを 手に持ち

なにか スタンバっていることに

気づいた


 

数秒後

 

私は

突然 閃き

 

おずおずと 彼女に聞いた

 

 

…もしかして

私のケータイに

電話かけようとしてます?

 

 

そうです そうです

 

ホッとしたように言う 従業員

 

こっちのケータイから かけてみて

お客様のケータイが 鳴るかどうか

試したいので

そちらの書類に

ケータイ番号を 記入してください
 

 

な~んだ

それならそうと 最初に言ってよ

 

その時 私は

一瞬

 

そんなふうに

明るく 言葉を返そうか

とも思ったけど

 

止めた

 

 

相手の意図を

まったく汲み取れなかった

自分の 頑迷な思考に

呆れ果ててたから

 

 

 

その後

従業員のかけた電話で

無事 私のケータイが 鳴り

 

身分証明証も 確認してもらい

 

iPhoneは 無事

私の手元に戻った

 

 

 

この日

私は

つくづく 自分の老化を感じた

 

 

つい この間までは

母や 周りの高齢の人たちの

頑固な態度や

しつこさに 触れる度に

 

私は

あんなふうになりたくない

 

な~んて 拒否感をもって

見ていたこともあったんだけど

 

 

それが

 

まさかの

自分が やっていたわけで

 

がび~ん

 

 

 

がび~ん なんだけど…

 

 

 

でも

この がび~ん な経験は

 

私の中で

老化に伴う 様々な変化から

社会との摩擦を起こす人たちへの

共感力を

高めたからね

 

その一点に於いては

悪いことじゃ ない

 

 

無理矢理 ポジティブ思考で

乗り切ろうとする 私なのだった