令和になった

 

 

というワケで

ここのところ テレビで

皇室関係の番組が 目白押し

 

 

古い映像も 頻繁に出てきて

 

それを観ながら 認知症の母は

毎回 同じことを

さも 初めて話すように 言う

 

 

思い出すわ

 

小学校の時

天皇行幸があったのよ

 

 

天皇のお姿を拝見できる

みんなで 沿道に並んで

ドキドキしながら 待っていたの

 

 

そしたら 憲兵らしき人が 突然

 

頭を下げろ~

 

と 叫んで

 

みんな 地面に這いつくばるようにして

頭を下げている間に

馬の蹄と 靴音が近づいて

そして 去っていったの

 

 

頭を上げ~

 

と言われて 上げた時には

天皇の姿は どこにもなかったわ

 

 

そして

この話の最後に

 

母は 必ず

ちょっと怒ったように 付け加える

 


ホント 子ども心にも

バカにしてる って思ったわよ

 

 

 

時は 戦前

 

どの教室にも

天皇の御真影が 飾られ

最大級の敬意が払われていた 時代

 

 

これって

洗脳教育の 限界か

 

あの時代も ひとの心は

案外 自由だったってことか

 

 

 

 

 

そして 今の時代

 

天皇は

「日本の象徴」として ある

 

 

でも 象徴って?

 

 

 

 

正直に 言おう

 

以前 私は

 

漠然とだけど

 

日本に 象徴天皇なんて

いらないんじゃないか

 

と 思っていた

 

 

形式的な国事行為を

されてるのはわかるけど

 

それ以外

時々 どこかの御用邸に

専用列車を仕立てて

静養に行かれるのが

ニュースになるくらいで

 

普段は あの大きな敷地の中で

何をされているのか

全然わからなかったし

 

その維持には

多くの税金が    使われている

 

そもそも

ロイヤルファミリーを持たない国も

たくさん あるし

 

 

それらを推しての

その 存在意義って?

 

 

 

 

そのことについて

歴代の天皇は 模索され続け

 

そして 平成の時代

 

 

天皇皇后両陛下は

戦地や被災地の訪問などを 通して

傷ついた人を慰め

励まし

祈る

 

そういった行動を 地道に続けることで

国民の気持ちに 寄り添われた

 

 

当初は

威厳のない服装や ふるまいに

苦言を呈する 古い人たちがいたり

 

また 一方で

 

大変な時に 隊列を組んで

ただ 励ましに来られたって

 

という声も あったように

記憶しているけど

 

 

それでも

 

何年も

 

何十年も

 

近年 齢を召されて

さぞ大変だろう と思われる時にも

その姿勢は ブレることなく 続き

 

 

そういうお姿を 示されているうちに

 

人々の中にあった 否定的な意見は

次第に影をひそめ

 

多くの人が 親しみや敬愛の念を

抱くようになったのではないか

 

 

 

そして それこそが

 

天皇が

背負う歴史や 古い慣習や

時代の流れの中で

 

針の穴を通すようにして 見つけられた

 「象徴としての天皇」の 役割の

答えなのだろう

 

 

 

 

戦後しばらく

 

天皇を語ることは

ある種のイデオロギーの表明を

意味した時代があった

 

 

でも 今回

天皇退位の 一連の行事で

 

ウヨクとか サヨクとか

戦争責任とか

 

そういうところとは 全然別のところで

みんな

盛り上がっている感じがして

 

 

自分たちのことを    祈り

寄り添ってくれる存在があることの

幸せを

感じている気がして

 

 

いいな と思った

 

 

 

 

戦争がなかった

平成

という 奇跡の時代に感謝しつつ

 

心から 願うのは

 

 

両陛下の これからの時間の

安寧