若い頃
クラブやサークルの仲間と 出かけるとき
男子が 女子に期待した
かわいい お弁当

これが とても イヤだった

おとめちっくらぶろまん
という
マンガジャンルが 流行った時代

ドジで のろまで うじうじしてて
小柄で 細っこくて 内股で
無能で 運痴で ブスなんだけど
実は
メガネを はずしたら
周りが ドッキリするくらい かわいくて
男に 守ってあげたい と 思わせる才能だけは ピカイチの
女が 主人公の


たぶん
時代が そういう女を 求めていたんだろう

男に反抗したり
自分を主張する女より
そばにいて 安心できる女が

高度成長期の日本で
男は
仕事に やり甲斐を感じながらも
疲れていたから


でも
今の日本は あの頃と 違う

もはや 高度経済成長の先にこそ
人々の幸せがある
 という幻想は
社会の コンセンサスとしては ない

経済的な豊かさより
足元の 小さな平和に シアワセがある
と 感じる人が 増えている

そんな中で

いまだに
高校生や大学生の中に
女子に かわいいお弁当が期待される 風土が
 あるらしい

なぜ?

高度成長期の 意識の 名残なのか
ただ 昔からの役割分担 だからなのか

私も ドラ子の そんなお弁当づくりを 
何度も 手伝いながら

女子に期待すべきは そんなところじゃないだろう
もっと 人間的な
もっと 根源的な
もっと 別のものだろう

女も 戦わなきゃ
 いつまでも そのことに 縛られることになるよ

と 言いたいところ だったんだけど…


乙女ちっくらぶろまんの中で
テッテー的に 男に嫌われるタイプの女だった 自分の
半生を 振り返って

自分らしさを ストレートに出して
いいことって あんまりなかったな

なんだか すごい損な 役回りばっかりして
無駄に 涙を 流してきたな



青春の 甘酸っぱい梅干しを食べた時のような 後悔が
胸に 迫ってくるので

やめといた