去年の9月に、思春期の息子の変化を書きました。

大人の階段を1段登った感じがしていました。

 

家での親子喧嘩が格段に減ったのですが、何をしたか、と聞かれたら

いちいち彼の行動を観察してこちらの目線でジャッジして文句を言うことをやめた

ということです。

 

担当の美容師さんがアドラーに傾倒していらして、

髪を切ってもらいながら、息子の態度が悪い、宿題も課題もやらない、それで毎日喧嘩

 

って話をしたら

 

「アドラーには課題の分離っていう考え方があるんです。」

 

よくよく聞くと

 

「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」

 

もしも子どもが「勉強しない」という選択をしたとき、

その決断によってもたらされる結末──たとえば授業についていけなくなる、希望の学校に入れなくなるなど──を最終的に引き受けなければならないのは、親ではありません。

間違いなく子どもです。すなわち勉強とは、子どもの課題なのです。

 

確かにそうで、でも、それで家にずっと大人になっても住まわれても困るし・・・

だからこそ今やらせないと、と思うのが親なのですが、

そこがまずおかしい。ということになるようで、

 

勉強しろしろ、宿題忘れるな!と口うるさく言うのは

 

=今学業をおろそかにして、結果いつまでも仕事にも就かずに実家に住まわれても困る

 

という結局親のため、って考えてしまってるのが親の欺瞞だ

 

と子供もわかる、のだそうで。

 

そこまですぐにワタシも考え方を切り替えるのは難しいし

アドラーの本を読んでいるわけでもない。

 

けれど、自分も学生時代

「あなたのために言っている」

という親の言い方がすごく嫌だったんだな、と思い返し。

(それでも従順に従っていたワタシは、それはただ自分がそういう性格だっただけなのだ)

 

そして、よく聞くと、この考え方は、「もう勝手にしろ!」と放任するということではなく、

 

子どもがなにをしているのか知った上で、見守ること。

勉強についていえば、それが本人の課題であることを伝え、もしも本人が勉強したいと思ったときにはいつでも援助をする用意があることを伝えておく。ことに注意する

 

のが大事だそうなので。

 

息子には、ある程度のリマインドだけして、あとはもう自分の判断でやってもらうことに親のワタシの忍耐が試されるのですが、そういうことにしました(宣言)

 

そして、あの記事のころから初彼女がいますチュー

 

なので、お友達活動、彼女さんとの時間、そちらが大優先になってはいますが

家族とのお出かけも最近は付き合ってくれています。

 

先日、なんとワタシは初めての江の島です。

 

ずっと行ってみたかったのですが、車で行くと駐車場大変っていうイメージがあり

 

電車で行くって考えたことなかった人笑い泣きマジか。マジです。

 

そして、息子が、彼女のお誕生日に彼女家族と一緒に行ったから

案内してくれると優しいことを言うので、ついてきてもらいました。

前だったらあり得ないです。

 

 

 

必ず一歩先を歩いていくのは、

ワタシの父とそっくり。

DNAってあるわ。

 

ワタシの趣味の御朱印集めも、長い列に並んでる間周りうろうろして待っていてくれたし。

 

せっかくだから眺めのいいレストランで食事。

 

 
前なら「めんどくさい。ここで待ってる」とか言ってたけど
「もっと向こうにお母さんが好きそうな眺めが見えるところあるよ」
って率先して歩いてくれて
 

 

 

 

日本語の注文も、自分の方が得意なので、

妹の手伝いもしてくれて

 

帰りは、ロマンスカーで、みんなでトランプしながら帰ってきて

「楽しかったねー」

って家族で言い合えました。

 

転勤異動が必須の米軍コミュニティー

 

今度、この仲良しラブラブ(死語)の彼女が

お父さんの異動で、転校してしまいます。

 

デジタルでいくらでもつながれる時代だけれど

息子がまた一段、階段を登ることになると思います。

これもまた「課題の分離」を頭に置いて、

初めての彼女と遠く離れることは、息子の問題であり

ワタシたち親は、何かあればいつでも相談してね、というスタンスで

見守りたいと思います。

 

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