我が家は、結婚丸20年の日米夫婦

 

日本の学年では中2と高1の子供

 

ワタシは日本を出て海外生活が

アメリカ11年➕ドイツ4年

と、人生の三分の一が

海外生活になってしまいましたが

 

この度、機会に恵まれて

連邦職員のオットの仕事で

日本の米軍基地で3年

逆駐在生活することになり

そしてワタシも基地内で

アメリカ雇用でフルタイムの職に就き

 

そろそろこの楽しく美味しい久々の日本生活も

残すところあと一年

 

生まれ育った母国とはいえ

15年も離れていますと

正直まだまだ戸惑うことも多い日々です。

 

アメリカ生まれの子供たちにとっては

初めての日本の生活です。

 

オットの逆単身赴任からの

日本への引っ越しは

出国3日前にパスポート盗難など

様々なトラブルに巻き込まれましたが

どうにかたどり着けたことに感謝しつつ

日本最高!記事も、

戸惑い記事も、

色々書いていますので

 
あーっという間に7月。
すいません、時差ボケとたまりにたまった仕事の処理で
帰宅すると疲労困憊でした。
 
まだ続く?アメリカ記事です。

今記事は嫁のワタシが
義父母のことを書いてますのでね(毒)
そういうの苦手な方はどうぞスルーでお願いします
 
今回、一時帰国制度を利用しているので
飛行機代はオットの職場負担です。
ただ、滞在先はワタシタチの負担です。
 
義父母の家に、まだ子供が小さい時
ドイツから同じ一時帰国制度を使ったときは泊まりました。
あの時もまあすごかったけれど、
なぜかあの時は「ホテルに泊まろう」という感覚がなかった指差し
 
コロラドには親戚も結構いますし
みんなの家にゲストルームはあると思うけれど
こう見えて(?)ワタシものすごく気を遣うタイプで
落ち着くことができないのですね。
 
で、キッチン付きのホテルにしました。
 
だって、義父母の家、3年前に
 

 

ほぼ変わっていなかったポーン

 

アメリカでは古くてぼろぼろの家を安価で購入して

自分でリモデルして価値を上げて売る、というのは一般的で

 

Fixer-upper house

 

と、そういう家を呼ぶのですが、

 

義父母の家は、そもそも彼らは安価な家を買うしかなかったわけで

それをリモデルする予算もなかったわけで。。。

 

コンクリートの床の上に、当時、建築関係のリサイクルショップ(DIYが盛んなアメリカではそんな店もある)で買ってきた大きなベージュのカーペットをひき

 

「あとでウッドフロア(日本だとフローリングかな?)をいれるんだ」

 

と義父は言っていましたがね。

 

あきらめたんかな?

 

それの上に、柄もののセンターラグを敷いてごまかしてますね。

ベージュのカーペットももうシミやら何やらでグレーだし。

家の中は色んなもの落ちてるから、靴は必ず履いてと言われています。
 

ちなみに、ここだけがリビングスペースです。

ワタシタチが宿泊するとしたら多分ここにエアマットレスです不安

 

センターラグもくるくるがなかなか平らにならないとかで

ダンベルで抑えてるこのなんとも言えない生活感?

 

ドアの脇も白いウッドパネルを入れるって確かいってたけれど

断熱材むき出しのまま

 

 

義父が、機械いじりが趣味なので、彼の物はもういたるところにびっしり

 

 

 

心優しい義父ではあります。

オットも子供たちも大好き。

言ったら話が止まらなくなって、長時間滞在です。

でも、なんて言ったらいいのかねえ

生き方が不器用っちゅうかさ(まとめすぎか)

 

 

ワタシタチが訪問すると、必ず最近お気に入りという

世界の絶景系、もしくは、面白動物系YouTubeを見せてくださる義母。

自由ひらめき

 

なぜかテレビだけはいつも最新

 

そして、ワタシたちが行くと、ゆったり座る場所がなくなるため

いきなりこの床に、寝っ転がってしまう義母。

 

 
みんな土足の家だし
にゃんこのいろんなものもついてるし

心配しないで、ワタシは猫派です。実家でも猫をずっと飼っていました。オッドアイ猫

だからこそ、猫砂とか、げろの状況とか、これではいかん!と分かるのです。

 

ということで、

 

なぜ義父母の家には宿泊しなかったのか

こういう理由からでした。

 

自分たち二人で充分幸せに暮らしてると言っていましたが

なんだかなあでした。