『腰痛スペシャリスト』のアーサーです。
ぼくの心の師・長尾先生の言葉です(『心行の解説』より抜粋)・・・
去年の暮のことですが、静岡である赤ちゃんがこのままでいけば半身不随で一生しもの世話をしなくてはいけない、大手術をしても治るかどうか分からないということで、何とか治して下さいという連絡があって、寄せていただきました。
生まれて一ヶ月の赤ちゃんが手を出されて合掌されたのです。
おばあちゃんもお母さんも泣いて「こんな赤ちゃんが合掌して……」と言って感激されました。
生後一ヶ月の赤ちゃんが抱かれて、小さい手で合掌される姿を見せていただくと、人は神の子であり、人の心の中には仏性、神の心が宿って下さっていることを目の当たりにさせていただく思いがしました。
それがだんだん成長して、手足が自由に動くようになっていたずらをし始めますと、大人の目で見ていけないことは「いけません」と叱られます。
その度に子供さんにとっては都合が悪いのです。
自分がしたいことを止められますからだんだん心に曇りを作ります。
三歳ぐらいになりますと、ものの見事に心の中は真っ黒になります。
神の心と人間の心との間にカーテンを下ろしてしまいます。
こうして幼い頃、善悪の判断もつかない時に犯した罪の上に、成長と共に苦しみの原因を重ねてその苦しみを背負いながら生きていきますから、殆どの方が亡くなった時うまく成仏できないで、硬直を起こしています。
私たちは硬くなるのが当たり前と思っていますが、これはうまく成仏していない証拠です。
死後の体が柔らかくて温かく、シワも消えて綺麗なお顔になっている方は間違いなしに迷ってはおられません。
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これを読むと、胃下垂という現象が三歳ぐらいから始まるというのも成る程うなずけますね。
人間はやはり、自分の魂が何を求めてこの肉体で生きているかということに、よくよく意識的にならないと最期に後悔する=迷って成仏できないのだと思います。
そう思うと、ぜひ綺麗な顔で柔らかい体で最期を迎えられるように、神の心に近い、心に曇りのない生き方をしたいですね